徒然なか話

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民謡「五十四万石」~城に輝く宇土櫓~

2021-07-28 18:24:44 | 音楽芸能
 最近、熊本の代表的な民謡の一つ「五十四万石」についておたずねをいただいたので、2016年12月6日の記事を再編集して再掲した。

 この歌が世に出たのは昭和10年1月、コロンビアレコードから藤本二三吉の歌で発売された。この頃、「新民謡」今でいう「ご当地ソング」づくりがブームになっていて、この歌もそんな流れに乗ったものだったのだろう。ただ、熊本市ではその年の3月から5月にかけての50日間、水前寺公園北郊で「新興熊本大博覧会」が開催されており、それにタイミングを合わせた発売だったのかもしれない。
 作詞したのは童謡・民謡の作詞家として北原白秋、西條八十とともに、三大詩人と謳われた野口雨情。作曲は組むことが多かった大村能章。
 まず、歌い出しの「♪ 五十四万石~」から「細川様は」と来る。熊本ではだいたい「セイショコさん」が先に来るのが普通。なぜ「細川様」なのか。茨城県出身の雨情が、熊本の清正公人気を知らなかったとも思えない。おそらく、五十四万石の大大名である細川様。そして、その礎を築いたのは清正公だという構成になっているのだろう。
 三番の歌詞が最近あまり歌われないのは、この部分だけが昭和10年頃の熊本市の風景を描いており、二本木遊郭を表す「東雲(しののめ)」や当時熊本一の繁華街「新市街」といった今日的ではない言葉が使われているからだろう。
 四番の最後に登場するのが宇土櫓。この歌が作られた昭和10年頃は、西南戦争で焼失した大小天守閣はまだ再建されていない。第三の天守と呼ばれた宇土櫓で最後を締めくくるしかなかったのだろう。


大小天守が復元される前の宇土櫓(熊本城と言えば宇土櫓のことだった)


   五十四万石(作詞:野口雨情 作曲:大村能章)


    2014年10月25日 熊本城本丸御殿 秋夜の宴
    【振付】中村花誠
    【立方】花童(くるみ・あやの・あかね・ゆりあ)
    【地方】  唄:西村直子・吉里満寿美・宮本道代
        三味線:本條秀美・本條秀咲・蒲原サヤ子・勇美智子
        鳴 物:中村花誠と花と誠の会
          笛:今井冽