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いくつになっても人生これから

アメリカンドラマに見る日米の違い

2012-12-16 07:31:55 | TV番組

wowowで 放送されている「ボディー オブ プルーフ」死体の証言

という番組を見ていると、日本とアメリカの意識の違いが見える時がある。

この番組は フィラデルフィアの検視局を舞台に、事件の捜査をするという

内容なのだが、検視の際の顕微鏡レベルの証拠が大きな力になるというもの。

舞台になる検視局がすごーーくきれい。

全面ガラス張りで、地上10階くらいにある (正確にはわからないが)

清潔そのものである。ワンフロアに局長室などもあり、ガラスの向こうに

死体も見えたりする。

これって、なんかの実験室? あるいは工場? と思う。

ある意味、遺体の尊厳なんてものは見えない。心の中だけ。

こんな施設は日本では到底考えられないだろうな~。

明る過ぎる。



以上は毎回考えていることで、今回また別の面でカルチャーショックだった。

今回の事件は ある女子大生ふたりが交通事故に合い、ひとりが死亡

ひとりは瀕死の重傷にあう。よく似た体型で顔も体もめちゃくちゃに傷ついており

事故の際に二人の持ち物が入れ替わってしまい、救急隊がふたりの名前を

入れ替えて報告してしまった。 (全くの事故)

最初、自分の娘が助かった!と思っていた両親は実は死んだのは自分たちの娘だと

知らされる。わかるまでの間もうひとりの娘を献身的に看護したあとだった。



両親は 検視局を訴えると言い出した。(死体が間違っていたから)

絶対許さない!とすごい剣幕。

この時点で、放送時間があと3分くらいしかなかたので、もしかして

来週に続くのかと思った。 が・・・3分かからないで解決した。

検視局長は 静かに 「でも、長い間戦って結局負けますよ。

その間、苦しみが長引くだけです」

両親は 「どちらにしろ苦しむんだ!」

検視局長 「その苦しみが和らぐとしたら? ふたりは親友でした

彼女の成長を見守ることで、苦しみは和らいでいくのでは?」

これで、終了です。

実際、両親は娘を亡くした悲しみをどこかにぶつけずにはいられないという

心境だったでしょうから、それを読み取った局長のことばだったと思います。

そこにも触れず、誰のせいということにも触れず訴訟を回避してしまいました。

ドラマなのは承知の上ですが、日本だったら有り得ないですね。

たぶん、平謝りか土下座くらいまではするのではないでしょうか。

日本なら、「どうせ負けますよ」なんて言われたら、誠意がないとかなんとかで

大騒ぎじゃないでしょうか。

でもね~、たとえ土下座されても心のつかえはとれないんですよね。

あとあとまで、「土下座されたからしかたなく引き下がった」と思うんです。

「訴えてやる!」となるのは 納得できないからですものね。

その点、検視局は謝ってもいないんですよ。

アメリカンドラマでは 謝るシーンってほとんどないです。

言葉には、言葉という感じで、どんなに追い込まれていてもちゃんと

言葉で言い返すんですね~。


A「なにか、できることはある?」

B「あれば いいんだけど」

こんな風に気の利いた返事ができる。

脚本に書いてあるからなんだけど、それでもこんな返事ができたらいいな~。



日本は とても繊細で複雑な言葉を持っているのにいざという時に

使いこなせていないなと思う。

「以心伝心伝説」に惑わされてきたせいだろうか



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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
何かが違う!? (るる)
2012-12-16 11:29:28
アメリカ人と日本人は大いに違いますよね。映画やドラマなどで、いつも感じています。
一言で言うとクールとウエットって、昔の言い方ですが・・・。
その違いが映画などで面白く感じるのでしょうね。お互いに良いところ学べばいいのでしょうね
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るるさんへ (マープリスト)
2012-12-16 13:27:16
今、投票に行って来ました。民意が反映できるといいですね。

アメリカ人て、根が明るいというか日本人と全然違いますね。事件物のドラマでも日本のように人情はあまり入り込みません。すっきりしたところや、気の利いた会話で状況を変えてしまうところは学びたいですね
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