先日、東京国立博物館(東博)で拝見した肖像画(模本)ですが、どなたの肖像画かお判りでしょうか?
なんか情けない表情をしていらっしゃいます。
同一人物を描いたこちらはどうでしょうか?
束帯姿で、威厳を満ちていらっしゃいますなぁ。
面長の顔つきは最初の肖像画と共通しています。
この2枚でどなたの肖像画か判る人はかなりの歴史通かもしれません。
一方、同一人物を描いたこちらを見たら、誰なのか判るでしょう
これでも判らない方、ちゃんと日本史
を勉強しましたか?
御存知、織田信長公です。
この3枚の肖像画は、上から順番に、
森田亀太郎模
原本:安土桃山時代・16世紀、
京都・大雲院所蔵蜷川式胤模
原本:安土桃山時代・16世紀、
京都・大雲院所蔵森田亀太郎模
原本:狩野元秀筆、
安土桃山時代・天正11年(1598)
愛知・長興寺所蔵
だそうです。
織田信長が本能寺の変で亡くなったのは天正10年ですから、一番おなじみの狩野元秀筆の肖像画は死没後に描かれたわけで、本当にこのようなお顔だったのかどうかよく判りません。
ちなみに織田信長、亡くなった時の歳は満48歳。
いろんな意味で「う~む…」です。
東博では「信長・秀吉・家康の等身大の姿を示す歴史的資料です(担当研究員)」という特集陳列「天下人の実像」が開催中です(4月7日まで)。
この展示では、「信長・秀吉・家康」の肖像画だけでなく直筆の書状も観ることができました。
こちらは、徳川家康最晩年の「消息(手紙)」。
孫娘・千姫の侍女に宛てたもので、「大坂夏の陣後の孫娘の傷心を気遣うもの」だそうですが、まったく読めません…
読めないといえば、こちらの信長が自分の右筆に宛てた手紙もまた、、、
も読めませぬ…
読めないのですけれど、歴史上の人物が、本当にかつて生きていて、この文字を残した事実が重い…。
そうそう、初めて生で観ました、これ
「天下布武」の印影
信長の朱印状に捺されているものです。
失礼なことに、こちらの豊臣秀吉の肖像画
を観て、「ホントのひひじじいだぁ~
」と喜んでいる若い女性がいらっしゃいました。
いくらなんでもねぇ…
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