今月の薬師詣では、これまでで一番遠い(のではないか?)と思われる、埼玉県の熊谷を訪ねるつもりでいました。しかし、十日間天気の今日八日の予報は何日も前から「雨」のまま変わりません。三日ぐらい前の段階で熊谷へ行くのは諦めて、近場のお薬師さんを捜し、私の生まれ故郷(墨田区)近くを歩くことにしました。
出かけるときは霧雨のような雨ながら、やはり雨でした。
出発前に地元の慶林寺に参拝してお賽銭をあげます。参道入口の河津桜は葉っぱが目立つようになってきました。
北千住で東武線に乗り換えて、曳舟で亀戸へ行く電車に乗り換えます。
雨がちだったせいか、新型コロナウイルスのせいか、行きも帰りも電車はガラガラでした。
東あずま駅で下車。「あずまあずま」と読めなくもないけれど、ひらがなの「あずま」のほうに漢字を当てれば、「東」ではなく、「吾嬬」です。この駅の西のほうに吾嬬神社があり、駅があるのはその東に当たるので、東あずま。
吾嬬神社の祭神は弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)です。日本武尊が東征の折、相模の国から上総の国へ渡ろうとして海へ出たとき、にわかに暴風が起こり、船が危うくなりました。弟橘媛命が海神の心を鎮めるために海中に身を投じると、海は穏やかになって、無事上総に渡ることができたということです。
神社のあるところも、このあたりも、現在の地名は立花。近くにある都立高校は橘高校。
私の生まれ故郷とこのあたりは、いまは同じ墨田区ですが、私が生まれたのは旧本所区、今日歩くところは旧向島区で、ほんの少しだけ臭いが違います。
最初の目的地である東漸寺の手前に北向地蔵があるので、寄ってみます。
二体の大きな立像があり、塩地蔵もあるとのことですが、どれがどれやらよくわかりません。
地蔵堂の前には扉の壊れかかった御堂がありました。何が祀られているのかわかりません。
北向地蔵を過ぎると、左手に公園(平井橋第二公園)が見え、その前が東漸寺(天台宗)でした。
室町時代の文安元年(1444年)、秀尊という僧が開基したと伝えられています。「新編武蔵風土記稿」には「中興は圓覺上人、寛永七年十一月十八日示寂す」と記されています。
本尊・阿弥陀三尊のほか、薬師如来、金勝不動明王、釈迦如来、地蔵菩薩、千手観世音菩薩、如意輪観音、金勝稲荷大明神、閻魔大王の諸尊が祀られています。
元文元年(1736年)建立の六地蔵尊。
雨は熄んだように見えましたが、タブレットを取り出して地図を視ようとすると、ほんのときたま雨粒が落ちてきます。
東漸寺から次に目指す正覚寺までは歩いて二十分ちょっとです。地図に目を落とすと、途中に「王貞治生誕の地」があると知ったので、何か痕跡でもあるのかと捜しましたが、現地には目印になるようなものは何もありませんでした。庵に帰ったあと、グーグル・ストリートビューを視てみましたが、やはり目印になるようなものはありません。
道路を挟んだ正面に中華料理店がありましたが、王さんの生家とは関係がないようでした。
王さんの生家があったのは、葛西用水から分かれて流れていた中居堀跡で、いまは八広はなみずき通り(商店街の名は中居堀はなみずき通り)と呼ばれています。
その通りをそれて、狭い径を歩いて行くと、俗に「こんにゃく稲荷」と呼ばれている三輪里稲荷神社がありました。
墨田区史には「旧大畑村の鎮守である。慶長十四年(1609年)に出羽湯殿山大日坊(山形県内)の修験者が、この地に倉稲魂命(うかのみこと)を祭ったのが始まりと伝えられている。湯殿山秘法の『こんにゃく』の護符を授けるところから、俗にこんにゃく稲荷と呼ばれ、初午の日にはにぎわいをみせている」と記されています。
三輪里稲荷神社に隣接しているのが今日二つ目の目的地・正覚寺です。
真言宗智山派の寺。本尊は薬師如来。創建年代は不詳ですが、快巌(宝暦五年=1755年示寂)という僧によって中興された、と伝えられています。
このお寺には七年前、2013年七月の薬師詣でで参拝しているのですが、本当にきたの? と自問自答したくなってしまうほど記憶がありません。当時の日録(日記)を読み返すと、この日と同じように、三輪里稲荷のあとにきているのですが、三輪里稲荷に寄ったという記憶もまったくありません。
毎月毎月それぞれ異なるお寺に参拝しているのですが、記憶がないということは、たんなるルーティーンワークになっているのではないか。もう一度気を引き締めて参拝しなければならぬ、と反省したところでした。
とはいえ、前に一度きている、と気がついたのは帰ってからのこと。
本殿に向き合って大師堂がありました。
この日参拝した三か寺のうち、賽銭箱があったのは地元の慶林寺だけ。二か寺にはお賽銭をあげることができなかったので、御利益も尠なく、加えてずっと雨模様の上に冷気、と思いましたが、ここに記すようなことでもないのですが、やはり薬師詣での日には少しだけ佳きことがありました。
帰りは京成線の八広駅から。
荒川はすぐ近くを流れているので、普段なら眺めに行きたいところですが、幽かながらも雨は雨。それに、真冬の寒さに較べれば寒気は緩いとはいえ、一度暖かい日を経験してしまうと、この日の寒さ程度でも身に堪えます。荒川は車窓から眺めるのにとどめました。
→この日歩いたところ。