打越通信

日記ふういろいろ

夏祭りその後

2008-08-11 10:17:28 | イベント
祭り前日は長崎に行ったりして、とんだトラブル(後日詳細は報告)にであったり、オリンピックの開会式などあり、あまり睡眠をとっていなかった。朝5時半からの作業もかなりシンドかった。昼飯もバザーもろくに食ってなかったし、生ビールを数杯飲んだだけだったようだ。

そういう訳で夏祭りも終わり、と言っても30分遅れだったので、8時半だったっけ。それからの後片付けが大変なのだ。テント5張りを分解して柱と梁を数本の束にしてくくり、天幕をたたみ、ビールラックが数十個。音響、かき氷機や電線、数十個の電球、焼き鳥用の機器、焼きそば用の機器などすべて軽トラで公民館まで運びこんだ。若手や女性人のぼやきがあったが、しょうがない。

・・・そういう訳で、反省会(というか打ち上げ)の開始は10時を回っていたろう。すきっ腹だったので生ビールとおでん、おにぎりとパクついた。会も終り、公民館を閉めようとしたとき、ある奥さんが心配そうな顔で来られたのだ。主人が帰って来ないそうで、携帯も出ないそうだ。この人、町内の役員では無いが住民会の役員で応援に来た人だ。いっぺんで皆酔いが醒めたのだった。団地への細い道には断崖のようなところがあり、そこに落ちている可能性があるのだ。懐中電灯で照らしながら声をかけるが反応が無い。ケイのオヤジ『消防に連絡するか・・・』と言った。セイのオヤジは携帯で連絡しているが出ないようだ。公園や調整池なども見て回ったがいない。そのうち行方不明のテラのオヤジから連絡があり、行きつけの飲み屋にいるそうだ。とんだ災難であった。必ずこういう奴がひとりはいるもんだ。時計を見ると、すでに午前2時を回っていた。ケイのオヤジは公民館で寝るそうだ。

次の日は7時に集合して、舞台の装置を分解し公民館へ運びこんだ。この際、公民館の倉庫も整理し、要らないものはすべて焼却してしまうことになる。古い紅白幕や訳の分らない書類など、大量に焼却した。倉庫に順番に整理しながらなおし込み、倉庫もすっきりしたのだった。モニターとかき氷の機械を返しに行って、24人分の弁当を買って、公民館で生ビールと焼酎、弁当と残り物のおでんを食いながら、ベンチャーズを見ながらの慰労会だった。その後わが家に数人集まり夜中まで飲んでいたようだ。ケイのオヤジに布団を引いて寝せた。何時に寝たのか全然覚えていないのだ。朝5時に目が覚めたが、熟睡したのだろう。すっきりした朝だった。

いよいよ夏祭りが始まったのだ

2008-08-11 07:22:48 | イベント
午後3時、爆竹の合図でいよいよバザーが始まった。



生ビールはアサヒスーパードライだ。400mlで300円。



焼きそばは、専用の焼きそば機を借りてきてその場で焼いて販売する。1皿200円。



子ども会はヨーヨーやくじ引き、ジュース販売や輪投げを行った。





本部席では『動くハウルの城』を上映。食い入るように見ている。



音響も心配だ。軽く音楽を鳴らして準備するのだ。



そして午後5時半、爆竹を合図に会長の挨拶、来賓挨拶などあり、いよいよ夏祭りがか始まった。



子供たちも一生懸命に踊ったのだ。



そして、団塊の世代のためにベンチャーズ。



そして四国より帰ってきたテル君。その後ラムネの早飲み大会に出場したのだ。



フラフープやラムネの早飲み大会、うちわによる抽選などあり、夏祭りは時間を30分以上遅れて無事終了したのだった。



今年は300人以上の参加だったようで、焼きそば、焼き鳥、カレー、生ビール、焼酎などのバザーは完売で、私の分はひとつも残っていなかった・・・。