博多に来て2日目、妻が飯塚に連れて行けと言い出す。
何のためなのかを聞くと、どうも「花子とアン」に関係するものらしい。
新幹線通勤でドラマは半分ほどしか観ていない。
でも妻が面白いというので土曜日に今週の、というのを観ていた。
主人公、花子の生涯の親友であった柳原白蓮の関係らしいのだ。
とりあえずネットで場所を調べ娘のアパートから飯塚を目指すことになった。
百年橋通りを進み国道201号線を篠栗方面にクルマを進める。
それから先は未知の世界、結構山岳地帯を進む、福北ゆたか線が平行している。
会社の数人がこの線で通っていたわけだが、こんな山岳鉄道のような電車で通っていたとは知らなかった。
とりあえず峠みたいな所を過ぎ飯塚の街並みが見えてきた。
201号線を降り200号線を進むと「旧伊藤伝右衛門邸」の看板が見える。
でも、臨時駐車場の看板が見えるが場所が分からずウロウロとした。
臨時駐車場に着くと沢山のクルマがある。
昨日の九州国立博物館と同じだ。
えっ、今日は平日なのに!
クルマを降り細長い路地を歩く、100mくらい歩いただろうか、突然巨大な門が現れた。
その門をくぐり伊藤伝右衛門邸に入る。
人で一杯だ。
ドラマの影響なのだろう、筑豊の帝王と呼ばれる屋敷にはそんな魅力があるのだろう。

敷地面積2,300坪、建屋床面積300坪といわれる、まるで熊本城のような個人宅なのだ。
先ずは庭園を見る。
芝生が綺麗に管理されている(そこだけは我が家とそう変わらない)がその広さには驚いた。

中央には東屋があり水は流れていなかったがその周りには池があり、まるで水前寺公園のような日本風の庭だ。
そして邸にお邪魔した。
桐や桜の一枚板を使ったと見られる玄関。

入ってすぐ横には応接室があり、和風な屋敷でありながら洋風の雰囲気を感じる。

そして先ほどの庭が見渡せる驚くべき広間だ。
食堂やたぶん女中部屋と思われる部屋などものすごい部屋がある。
調度品や書なども凄いのだろうが良く分からないのでパスする。
家の隅から隅までものすごく長い、そんな家の両側には蔵がある。

基本平屋なのだが唯一2階がある、そこが白蓮が使っていた部屋だったらしい。
いやはやこれが個人宅なのだから凄いもんだ。
その当時の背景(皆さんご存知だから書かないが)筑豊の炭鉱王、10年間一緒に住んだ白蓮に潔く別れを告げ九州男児としての男気を感じる。
邸内はやはり「花子とアン」の雰囲気で飾りつけなどもあり盛り上がっていたが、そんなことより、この屋敷を見て九州男子の男気を感じた。
それから国道200号線で直方を通り門司港まで行こうとしたが、黒崎で、そう、資さんうどんでかしわそばを食って博多を目指した。
何のためなのかを聞くと、どうも「花子とアン」に関係するものらしい。
新幹線通勤でドラマは半分ほどしか観ていない。
でも妻が面白いというので土曜日に今週の、というのを観ていた。
主人公、花子の生涯の親友であった柳原白蓮の関係らしいのだ。
とりあえずネットで場所を調べ娘のアパートから飯塚を目指すことになった。
百年橋通りを進み国道201号線を篠栗方面にクルマを進める。
それから先は未知の世界、結構山岳地帯を進む、福北ゆたか線が平行している。
会社の数人がこの線で通っていたわけだが、こんな山岳鉄道のような電車で通っていたとは知らなかった。
とりあえず峠みたいな所を過ぎ飯塚の街並みが見えてきた。
201号線を降り200号線を進むと「旧伊藤伝右衛門邸」の看板が見える。
でも、臨時駐車場の看板が見えるが場所が分からずウロウロとした。
臨時駐車場に着くと沢山のクルマがある。
昨日の九州国立博物館と同じだ。
えっ、今日は平日なのに!
クルマを降り細長い路地を歩く、100mくらい歩いただろうか、突然巨大な門が現れた。
その門をくぐり伊藤伝右衛門邸に入る。
人で一杯だ。
ドラマの影響なのだろう、筑豊の帝王と呼ばれる屋敷にはそんな魅力があるのだろう。

敷地面積2,300坪、建屋床面積300坪といわれる、まるで熊本城のような個人宅なのだ。
先ずは庭園を見る。
芝生が綺麗に管理されている(そこだけは我が家とそう変わらない)がその広さには驚いた。

中央には東屋があり水は流れていなかったがその周りには池があり、まるで水前寺公園のような日本風の庭だ。
そして邸にお邪魔した。
桐や桜の一枚板を使ったと見られる玄関。

入ってすぐ横には応接室があり、和風な屋敷でありながら洋風の雰囲気を感じる。

そして先ほどの庭が見渡せる驚くべき広間だ。
食堂やたぶん女中部屋と思われる部屋などものすごい部屋がある。
調度品や書なども凄いのだろうが良く分からないのでパスする。
家の隅から隅までものすごく長い、そんな家の両側には蔵がある。

基本平屋なのだが唯一2階がある、そこが白蓮が使っていた部屋だったらしい。
いやはやこれが個人宅なのだから凄いもんだ。
その当時の背景(皆さんご存知だから書かないが)筑豊の炭鉱王、10年間一緒に住んだ白蓮に潔く別れを告げ九州男児としての男気を感じる。
邸内はやはり「花子とアン」の雰囲気で飾りつけなどもあり盛り上がっていたが、そんなことより、この屋敷を見て九州男子の男気を感じた。
それから国道200号線で直方を通り門司港まで行こうとしたが、黒崎で、そう、資さんうどんでかしわそばを食って博多を目指した。