土曜日の夜。我はひとり。
時折行き交う車の音が・・・。
娘は高校時代のサークル仲間と千葉で同窓会。一緒に頑張った思い出の合宿地での民宿とのこと。いいねえ。よく頑張ったよね。
系列の男子校の野球の応援に行って、私たちは娘見たさにその試合の応援に行った。
でも、娘は全く野球のルールなんて知らなかったという。
ひたすらチアガールとして、笑顔で汗をながしていたっけ。確かにグランドには背を向けていたけど・・・。でも、かつて一緒に働いた女性がやっぱり「野球のルールはわからない。いつ走るのか・・」と言ったのを聞いたときはほっとしたものだった。彼女は、所謂、日本のトップといわれる大学を出ていたけど、愉快だった。
まあ、それはそうよね。自分の興味のあることはわかるけど、ないことは知らない。私も娘ほどではないけど、野球はあまり知らないし、アメリカンフットボール、ラグビーなんてくるとお手上げである。
でも、野球は少しは知っていたほうが・・・いいよね。
今ごろ、楽しく高校時代に戻っているだろう。ちなみに娘が応援したその男子校に息子が入学したのもまたご縁ですね。そして、ふたりが進学した大学もまた母に関係した大学だった。これも本当に偶然、ご縁でしょう。
ロサンゼルスの娘に電話をする。思いがけず、電話に出る。これからおうどんを作って食べると言う。この前、送ったおうどん。おいしくできたかな。日本の味だね。
ロサンゼルスといえば、夫の母はカリファルニアのサクラメントで生まれたという。このこともまたご縁だと思っている。
息子に「お母さんは明日誕生日だよ」と言ったら、紙に「腰たたき券100回」と書いてくれる。ああ、幼稚園を思い出すねえ。
ありがたくて、父母にお供え。
今日はかねがねから思っていた、いろんな書類のまとめをしたのだけど、年金手帳を目にしたから、見てみた。一度、ゆっくり見たいと思っていたのだけど、なかなかできず、先延ばしにしていた。なんと、私は領収書はとってあった(覚えていなかったけど、こんなときはものを捨てられない性格が幸いしたのかな・・・ふだんは困るけどね)
そして、20歳になる前の日、つまり9月8日付けで父が国民年金の手続きをしてくれてあった。その領収書があった。国民年金手帳に挟まっていた。「ああ、父ちゃん、ありがとう」そう言ってしまった。
感謝、感謝である。
父がくれた愛情を私はわが子どもたちに与えているだろうか。
明日はくしくも私の誕生日。
体が疲れたり、いろんなこともあるけど、父と母に愛されて育った。近所の方々、親戚の方、妹・・・いっぱい。覚えていないけど、おばあちゃんにも。
命を粗末にしてはいけないとあらためて思う。
私を産むと決めた母、ありがとう。
私はどういうふうに生きなければいけないのだろうか。
父と母は大事に大事に育ててくれた。
私は父と母の期待にそえているのだろうか。
いずれにせよ、私は年を重ねます。
元気に誕生日を迎えられることを嬉しく思う。
時折行き交う車の音が・・・。
娘は高校時代のサークル仲間と千葉で同窓会。一緒に頑張った思い出の合宿地での民宿とのこと。いいねえ。よく頑張ったよね。
系列の男子校の野球の応援に行って、私たちは娘見たさにその試合の応援に行った。
でも、娘は全く野球のルールなんて知らなかったという。
ひたすらチアガールとして、笑顔で汗をながしていたっけ。確かにグランドには背を向けていたけど・・・。でも、かつて一緒に働いた女性がやっぱり「野球のルールはわからない。いつ走るのか・・」と言ったのを聞いたときはほっとしたものだった。彼女は、所謂、日本のトップといわれる大学を出ていたけど、愉快だった。
まあ、それはそうよね。自分の興味のあることはわかるけど、ないことは知らない。私も娘ほどではないけど、野球はあまり知らないし、アメリカンフットボール、ラグビーなんてくるとお手上げである。
でも、野球は少しは知っていたほうが・・・いいよね。
今ごろ、楽しく高校時代に戻っているだろう。ちなみに娘が応援したその男子校に息子が入学したのもまたご縁ですね。そして、ふたりが進学した大学もまた母に関係した大学だった。これも本当に偶然、ご縁でしょう。
ロサンゼルスの娘に電話をする。思いがけず、電話に出る。これからおうどんを作って食べると言う。この前、送ったおうどん。おいしくできたかな。日本の味だね。
ロサンゼルスといえば、夫の母はカリファルニアのサクラメントで生まれたという。このこともまたご縁だと思っている。
息子に「お母さんは明日誕生日だよ」と言ったら、紙に「腰たたき券100回」と書いてくれる。ああ、幼稚園を思い出すねえ。
ありがたくて、父母にお供え。
今日はかねがねから思っていた、いろんな書類のまとめをしたのだけど、年金手帳を目にしたから、見てみた。一度、ゆっくり見たいと思っていたのだけど、なかなかできず、先延ばしにしていた。なんと、私は領収書はとってあった(覚えていなかったけど、こんなときはものを捨てられない性格が幸いしたのかな・・・ふだんは困るけどね)
そして、20歳になる前の日、つまり9月8日付けで父が国民年金の手続きをしてくれてあった。その領収書があった。国民年金手帳に挟まっていた。「ああ、父ちゃん、ありがとう」そう言ってしまった。
感謝、感謝である。
父がくれた愛情を私はわが子どもたちに与えているだろうか。
明日はくしくも私の誕生日。
体が疲れたり、いろんなこともあるけど、父と母に愛されて育った。近所の方々、親戚の方、妹・・・いっぱい。覚えていないけど、おばあちゃんにも。
命を粗末にしてはいけないとあらためて思う。
私を産むと決めた母、ありがとう。
私はどういうふうに生きなければいけないのだろうか。
父と母は大事に大事に育ててくれた。
私は父と母の期待にそえているのだろうか。
いずれにせよ、私は年を重ねます。
元気に誕生日を迎えられることを嬉しく思う。