「技術者・研究者に求められる姿勢とは 〜国鉄分割民営化問題から考える〜」 秋田 修平
国鉄(日本国有鉄道)分割民営化から30年以上が経過した今、当時の状況や分割民営化が各地に及ぼした影響を考察することにより、我々が決断を下す際に心掛けるべき考え方や物の見方について学ぶことができるのではないかと考えた。そこで、今回の論文では国鉄分割民営化の問題から現代を生きる我々が何を学ぶべきであるのかということについて述べたいと思う。
初めに、世間でたびたび議論となっている国鉄分割民営化の是非についてであるが、これに関して「是」であるか「非」であるかという二者択一の議論に対して明確な答えを出すことは非常に難しいのではないかと思う。もちろん、私が答えを出すだけの知識を持っていないことも一つの要因である。しかしながら、それ以上に、このような大きな転換がメリットもデメリットも大きなものになるという特徴をもつことが是非の判断を難しくしている大きな要因ではないかと思う。では、我々は国鉄分割民営化をどのように評価・改善するべきなのであろうか。恐らく、分割民営化によって生じた影響について客観的な目線で分析をし、悪いと考えられる影響に関しては改善の手立てを講じ、今後の決断の際にはそれを貴重な判断材料として用いることが正しい評価・改善の方法なのではなかろうか。単純に良い悪いを議論するのではなく、過去の経験から学び、その学びを未来に活かしていくことこそ我々に求められる姿勢であると思われる。
それでは、具体的に分割民営化によってどのような影響がもたらされたのであろうか。ここでは、好影響を2点と悪影響を2点挙げて分析をしていきたいと思う。
まず、好影響の1点目としては国鉄(のちのJR)に対して不動産事業など、さまざまな事業に着手できる権利を与えたことによる収入獲得方法の多様化が挙げられるであろう。国鉄による「副業」は鉄道(連絡船、自動車を含む)事業にかかわる附帯事業等に限られていた。そのため、当時の国鉄にとって収入を得る手段はほぼ鉄道事業によるものであり、赤字解消のためには鉄道運賃の値上げを行う以外の方策がない状況であった。私自身、鉄道博物館に展示されていた「国鉄(わたくし)は話したい」という国鉄の運賃改定に関するチラシを見て感じた当時の国鉄の運賃値上げへの必死さは印象に強く残っている。これには国鉄が公共企業体という独立採算を前提とする団体であったことも影響していると考えられるが、ここでは公共企業体に関しての議論は避けることとしたい。いずれにせよ、設備の維持だけでも多額の資金が必要となる鉄道事業者に対して、収入獲得方法に関する「選択肢を増やす」ことができたということは民営化による好影響といえるのではなかろうか。
続いて、好影響の2点目としては巨大組織の解体による職場規律の乱れの解消が挙げられるであろう。組織が巨大になると、その管理が末端の現場まで行き届きにくくなってしまう。特に、国鉄末期には労使関係が極めて悪化しており、それに伴う労働意欲の低下が社会的にも問題視されていた。国鉄の最大の目的である鉄道輸送にもその影響が大きく出ており、国鉄の構造改善は鉄道業者としての責務を全うするためにも必要不可欠であったと考えられる。そのため、国鉄を分割民営化することにより、風通しが良くなることで労使関係 の改善が見られ、鉄道業務をきちんと行うことが可能になったことも好影響と考えることが出来るのではなかろうか。今でも、国鉄からJRへの移行による大きな変化として、職員の勤務態度(主に旅客に対する姿勢)の改善を挙げる人は多くいるように思われる。
では次に、悪影響についてはどのような点が考えられるだろうか。まず1点目として挙げられるのは、都市と地方の二分化である。「民営化」により、JR各社はより企業としての利益を重視することが求められるようになり、営業係数が莫大である路線については廃線にしていくという方針がより鮮明化している。また、「分割」により地方交通を担うことになったJR四国やJR北海道においてはほとんどの路線が赤字となっており、かつての「都市の路線での利益をローカル線にまわす」という方策が通用しなくなっている。このように、分割と民営化の2つの要因により、地方の鉄道網が脆弱になってしまうという都市と地方の二分化が促進されてしまったと考えられる。ここで非常に興味深いのが、分割民営化当時、分割は地方の利益になると考えられていた点である。つまり、分割により地域と一体化した企業となることで地域に即したサービスを提供できると思われていたのである。しかしながら、そのサービスを十分に提供できるだけの利益を得られていないというのが現状である。
2点目は、完全民営化によって大株主となった海外投資ファンドからの要求やその圧力に対応する必要性が出てきてしまったことが挙げるのではなかろうか。今現在、全てのJRの会社が完全民営化を行った訳ではない。しかしながら、国は完全民営化を促進しており、この問題については将来的に全ての鉄道会社で問題になることであると思われる。完全民営化とは国又は公共団体の経営する企業について株式の100%を民間に売却し政府の株式保有がなくなった状態を指すものであり、このような状態において、鉄道会社は通常の株式会社と同様に株主への対応をすることを求められる。そして、大株主による株式の保有率が高まるにつれて株主による会社支配が始まってしまうことも懸念される。このように、日本の交通輸送を担う重要な存在であるJRが海外の投資ファンドに実質的に支配されてしまう構造を作り出してしまったことも一つの悪影響であるといえるのではないだろうか。
ここまで、国鉄の分割民営化について好影響と悪影響の両方を挙げて分析してきた訳であるが、我々はこの分割民営化という出来事から「決断には必ず複数のメリットとデメリットが存在し、それは決断を下す時に顕在化していない場合もある。」ということを学ぶべきではないであろうか。この結論を聞くと、顕在化していないデメリットを推測するのは不可能でないかという疑問を抱く方もいるかもしれない。しかし、今回の都市と地方の二分化のような顕在化してない潜在的な(将来的に顕在化する)要素を含んでいるかもしれないという前提のもとで物事を俯瞰的・客観的に分析し、決断を下すことが重要なのではなかろうか。私は、このような姿勢こそが私のように技術者や研究者を志す者に求められる姿勢なのではないかと考えている。