「人間の省エネ化」 飯田 理紗子
人はいつの時代も何かに悩まされてきた。はるか昔から人々は、「どうしたら十分な食べ物や住まいが手に入るだろうか」と画策して技術を発達させたり、「どうしたらもっと豊かな暮らしができるだろうか」といった欲を持ちながら他人の富を羨んだりしてきたことだろう。そして、こうしたことが繰り返されてできた社会が、今の社会なのである。この社会で生きる我々も、今もなお更なる理想を追求して技術の発展を重ねている。とは言え我々の生きる社会には既に、先人たちがそれぞれの困難の時代を懸命に生き抜くことで生み出してきた多くの物であふれている。そのため日々その恩恵を受けながら暮らしている我々は、過去の時代の人々より自らの暮らしに関する悩みははるかに少ないと言えるだろう。
個人が自らの暮らしを悩んだり不満に感じたりすることが少なくなった一方で、その分社会全体が抱える問題に一人ひとりが直面しやすくなり、またその問題に左右されやすくなってしまっているのではないかと感じる。今は昔同様に、一見人々は皆同じ方向を向いて豊かな社会を目指しているようであるが、実はその社会が人々の意識やアンテナを違う方向へ逸らしてしまっているとも言うことのできるこの風潮、そしてこの社会の行く末を私は案じている。そこで私は、人々と社会の距離感はいかなる形が理想であるかについて以下で持論を展開したい。
社会全体の問題に一人ひとりが大きく左右されるようになったと言える一例として、「地球温暖化」が挙げられるだろう。この問題がしきりに人々の間で議論されたり考慮されたりするようになり、社会のなかは次第に「省エネ」に溢れるようになった。何かを生み出す時に発生するエネルギーは、小さく抑えることで生産性が向上し、確かに我々は豊かさを手入れることが可能である。しかし、社会全体が「省エネ」をすればするほど、人間の方が「省エネ」をする術を身に付けるようになっていないだろうか。そして、人間が「省エネ」をすればするほど、社会が堕落するようになってしまう恐れがあると私は危惧している。政治をするにしても、教育するにしても、インフラの改修をするにしても、「このくらいで良いだろう」という妥協や「世はどうせ何も思わないだろう」というような人々を軽視した行動が生まれてしまうことも数少なくないのは、こうした人間の「省エネ」化が一因となっているのではないかと考える。
ローマの五賢帝の時代、ハドリアヌスはローマ帝国中を旅してまわったことで知られている。彼はこの大きな帝国の各地を訪れながら膨大な数の構造物を視察し、不要なものは廃止して必要があれば積極的に改修し、新たなものを設置することもあった。これだけでなく、彼は守備隊員や将校の生活などを調べることも行い、力を入れて兵士の教育したようである。このように、ハドリアヌスは自らの足でどこまででも向かい、帝国やそこで暮らす人々について思慮を巡らせることで国力を高めていった。こうしたことはハドリアヌスが行ってきた治世のうちほんの一部の実績であるのだろうが、彼が偉大な帝国を治めることができたことは、いかなる問題にもあらゆる角度から切り込むことを常に忘れなかったことに因るのだろうか、そして、常に自らの帝国の人々を尊重していたことに因るのだろうか、などと考えてしまった。つまり、ある問題を処理する人に現状を正しく把握する力が不可欠であることは言うまでもなく、それに加えて、まさに「機能が劣化していたら改修し、補強する」というような、起こり得る問題に対して隙を与えない行動を物惜しみせずに取ることができるか否かがカギとなるだろう。どうしても人々の生活は社会全体に影響を与えやすく、社会全体の風潮は人々を洗脳しやすい。だからこそどのような状況においても、「客観的な観点で、精力的に、抜かりなく」問題について考察する力が求められるのではないだろうか。
以上、人々と社会の距離感について私見を述べるためにローマ皇帝のハドリアヌスの統治を例に挙げながらここまで論じた。人は自分の暮らしに余裕が出てきた分、まわりが見えるようになり社会に流されやすくなってしまったのかもしれない。しかし、一人ひとりが「省エネ」することによって楽をして生きることを覚えてしまえば、社会は良くなるばかりか瞬く間に堕落してしまうだろう。「省エネ」は、自分がその物事にかける労力やエネルギーが少なくなるからと言って、それについて深く考えなくてよくなるということでは決してない。「省エネ」とは、あくまで生産性を高めるための一つの策であるということに留意しなければならない。
参考文献
De Imperatoribus Romanis「An Online Encyclopedia of Roman Emperors」
http://www.roman-emperors.org/hadrian.htm (閲覧日:2021年12月24日)
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