荒川三歩

東京下町を自転車で散策しています。

東関部屋が移転していたー2

2018年04月13日 | 散文
先ず、これが目に入りました。
一般家庭ではこんなものは持っていません。
マワシです。
関取はいません。
従って、白いマワシがありません。


風が強い日だったので飛ばされたようです。
何故だか知りませんが、基本、マワシは洗濯しません。
日光消毒します。


マワシ干場(?)の向こうには新築の大きな建物が在ります。


ここが新しい東関部屋です。


真新しい玄関に真新しい看板が掛け替えられています。
心機一転ですね。


一方で、前の、元中曽根総理大臣が書いた立派な看板の行く方が気になるところではあります。


部屋を眺めます。


以前の墨田区の部屋より大きいです。
葛飾区から50年間借り受けた土地です。


早く関取を出して地元を喜ばせて貰いたい、と纏めたところで、地元を探ります。
以前探しに行った寅さんの母校、葛飾商業高校の近くです。




と言うことは、帝釈天の近くです。
住宅街を行くと直ぐに、柴又八幡神社前に行き当たりました。




ここは柴又駅の直ぐ傍です。
踏み切りがあります。


踏み切りから見る柴又駅です。


そして、柴又駅前広場です。


ここまで来たら帝釈天へ行かなければ・・・。
この散策、続きます。


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東関部屋が移転していたー1

2018年04月13日 | 散文
久し振りに墨田区を走ったら、東関部屋が無くなっていました。
この辺にあったよなと思いながら走っていて、相撲部屋の特徴の一つである沢山の自転車が無いので気付かずに通り過ぎました。


事情を知らない外国人が後の住民に迷惑を掛けない様配慮した貼り紙です。
この部屋は突然の見学を受け入れていたようです。

事情を知らない日本人向けは無いのかい?

看板の跡が生々しいです。
ネット等で事情を調べ、以下転載(適当に羅列とも言う)します。
「東京都葛飾区は、大相撲の東関部屋を同区柴又に誘致すると発表した。区有地を有償で貸し出し、地元の行事などに参加してもらうことで地域振興につなげたい狙いがある。」
「葛飾区は市街地整備用地として93年に取得した507平方メートルの区有地を同部屋に50年間有償で貸与する。」


「先代の東関親方(元関脇・高見山)が1986年に独立して誕生した同部屋は現在、両国国技館に近い墨田区東駒形にあるが、この地は先代親方の私有地のため、東関親方(元前頭・潮丸)が新たな場所を探し、ボランティア活動や地区の子供会主催の餅つき大会への参加などで交流があった柴又への移転を目指していた。」

「部屋には現在、12人の力士が所属。関取はいないが、東関親方は記者会見で「帝釈天の参道で優勝パレードができるよう、柴又の地で力士を育てていきたい」と抱負を話した。同席した部屋付きの振分親方(元小結・高見盛)は、「映画『男はつらいよ』や人気サッカー漫画『キャプテン翼』の舞台になった葛飾で、相撲部屋が新たな文化の一つになれば」と意気込んでいる。」


「『東関部屋』はこれまで子ども会主催の餅つき大会に同部屋の力士が参加するなど、以前から柴又地域との交流を盛んに行ってきたという。東関親方は『葛飾に来たかった。初めて餅つきに参加したのは10代の頃だったので、もう20年の付き合いになる』と笑顔を見せる。」

「現在はマンションを借りて墨田区にある部屋に通っているという東関親方は、一緒に住んで弟子を見てやれる新しい環境を喜ぶとともに『個室も空いてるので、振分親方(元高見盛)も一緒に住んでもいいんですけどね』と冗談まじりに話す一幕も。」

「振分親方は『葛飾はこち亀やキャプテン翼などもある街で、古くから文化と調和している街。相撲でどこまでやれるかわからないが一生懸命、東関部屋も地元文化の一つに加われるようになりたい』と意気込む。」

「東関親方は『葛飾区も相撲が盛んな土地。お年寄りや子どもたちはお相撲さんが来るだけで喜んでくれるので、僕たちができることを積極的に行い、葛飾の帝釈天でパレードできるお相撲さんと育てたい』と意欲を見せる。」

で、この2月18日に移転したらしい。
柴又へ探しに行かなければ!

その前に、在りし日のここでの東関部屋の姿です。




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