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超絶技巧のベーシスト

2013-08-18 | JAZZ
アラダール・ペゲ(Aladár Pege) 1939年10月8日 - 2006年9月23日

ハンガリー出身のベーシストのアラダール・ペゲは、生家が音楽一家であったこともあり、15歳の頃には既に本格的な演奏活動を行っています。
そしてそのテクニックにおいて、ボーイング奏法は勿論のこと、ジャズの基本であるピチカート(ピッキング)奏法も巧みで、「ベースのパガニーニ」とも称されていました。
それは下記の映像をチェックしていただくと、その凄さが分かります。

Aladar Pege - Sibiu Jazz Festival 2004 (solo)

元来クラシック畑の出身で、ジャズへの関わりは1960年代の始め頃と推測され、社会主義国の中にあって、海外での初めての活動は1963年にヨーロッパで開催された Bled Jazz Festivalです。
彼のジャズ歴の中で、1970年にはモントルー・ジャズ・フェスティバルにおいて最優秀演奏者に選出されたり、アメリカ人ピアニストのウォルター・ノリスとコンビを結成したり、ニューヨークのカーネギー・ホールでハービー・ハンコックと共演をした事もありました。
晩年は、出身校でもあるリスト音楽院(ブダペスト)で教鞭を執っており、ここでも「パガニーニ」の愛称で親しまれていました。

日本で最初にアラダール・ペゲを紹介した評論家は、埼玉県に在住のA氏(と思われます)で、1970年代の初めにSJ誌で紹介された 「anthology 67/68」に登場していますが、当時ペゲの音源を入手することは難しかったです。
 

私は1980年に仕事で現地入りした時、ブダペストの英雄広場の近くでジャズ・コンサートが開催されるというチラシを見て、宿泊しているホテルから歩いて行ける場所だったので、7月23日のコンサートに行ってきましたが、入場料は20Ft.(フォリント/当時の日本円でおよそ200円)でした。
当日は「DIMENZIO カルテット」が出演していましたが、そこで貰ったプログラムで、7月16日にペゲのバンドが出演していたことを知りました。(残念)

下記はジャズ・コンサートのプログラムの一部です。
ペゲはPege Aladarと記載されていますが、Pegeが性、Aladarが名前で、ハンガリーでは日本と同じ呼び方となります。
  

そのことがきっかけとなり、帰国後はアラダール・ペゲに関する音源を集めるようになりました。
ペゲは3月2日のブログ、「ハンガリーのジャズ」の中のanthology 64 (modern jazz Ⅳ - Ⅴ)以降、このシリーズにも毎回登場しています。
 


今回、最初に紹介するのは、1970年録音のモントルー出演時の再演集で、1曲目の枯葉はトリオで演奏されていて、最初から最後まで、ベースの神業を聴くことができます。
このアルバムではペゲの奏法を、「クラシカル、ジャズ、そしてビート・ミュージック」と称しています。
    

次は1980年に発売されたアルバムで、現地で購入してきました。
1976年~78年のペゲを中心とした演奏が収録されていて、ジャケットの下段に書かれているように、A面3曲は米国のミュージシャンとの共演です。
   

その他、手持ちの「LP」と「CD」を紹介します。
     

最後の1枚は、5月18日のブログ、オイゲン・キケロの「クラシックとジャズ」に登場しています。
    

以下は他人のリーダーアルバムに参加したもので、1枚目と2枚目は冒頭に紹介したウォルター・ノリスとのデュオ作品です。
     

一連のペゲの演奏を聴いてみての感想は、テクニックが走り過ぎているきらいもあり、モントルーのアルバムにも記載されていたように、ジャズというよりはクラシック+ビート・ミュージックという方が当たっていると思います。 

コメント
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