キャラバン サライ

夢は大空へ、努力は足元で、世界に目を向けながら足元から子供たちを見直していきたいと思っています。

児童養護施設のバザー

2010年12月05日 | Weblog
奥さんが大学の時にボランティアとして児童養護施設へ手伝いに行っていた、そのつながりから児童養護施設のバザーのお手伝いをしてきた。

なかなか規模の大きな施設で、バザーにも地域の人たちが大勢集まり、学生から社会人までボランティアの人たちも多く、こんなにスケールの大きいものかと驚いた。

僕の担当は、子供のゲームコーナーの一つで、並べた缶に何個のボールを入れられるかという種目。
奥さんは空き缶を何個縦に積めるかという種目。
全て手作りのゲームだけれど、遊びの天才の子どもたちはそれでも熱中する。ムキになる。
一日中、ひっきりなしに2歳くらいから小6くらいの子までいろんな子が遊びに遊びまわり、さすがに疲れた。
子どもと話していると、自分も子供の気持ちになっていくような気がするのだけど、疲れるということはまだまだ無理をしているということなのだろうか。
さすがに、100%はあの澄み切った元気はだせないかな。



思ったことは、規模は今回のものより小さいけれど、保育園にしろ、学童にしろ、同じようにバザーやキャンプなどの企画はあった。
でも、子供のころにはこんな風にボランティアとしてその活動を支えてくれていた大人たちなんて気にもしていなかった。

もちろんそれでいいと思う。
子供たちが望んで僕らがボランティアをしているわけでもないし。
子供たちは、そんなことは気にしなくていいから、思い切り、元気よく遊んでくれればいい。
たぶん、大人たちはそんな子供たちを見て、何かを得ようとしていると思うから。

施設のボスが言っていた。
子供たちには、この施設で過去の重荷を置いていってほしいと。

一見、あっけらかんと明るく遊んでいるあの子供たちにそんな僕らの知らない重荷があるのだと思うと、余計に彼らにはたくさんたくさん遊んでいてほしいと思った。
そのために、大人はこういう活動を手伝いたいのだろうし、手伝うことで得られるなにかを探しているのだと思う。


写真の力

2010年12月05日 | Weblog
今年の夏にイタリア旅行に行って以来、なぜだか写真をあまり撮っていなかった。
昔は、小さなもの、日常の何気ないものを、いかにきれいに撮るかということをいつも思っていたのだけど、なんだか最近はその意欲が一時的にしぼんでいるような。

ところが、つい最近、結婚記念パーティーを名古屋と東京で行い、それぞれのパーティーで自分がこの人はと思う友人/先輩に専属のカメラマンになってもらった。
その写真が最近できてきて、そのどちらもすごくいい。

二人とも絞り値がとても小さいレンズを持っていて、背景をしっかりぼかして人物を浮きだたし、それでいてピントもしっかりあっている。
構図もばっちり。
そして、なにより、気を許せる友人が撮っているからこそできる被写体の自然な笑顔やからみ。
極めつけはタイミング。

写真を見て、これはいいなあ、とうれしくなるような、そんな写真を久々に多く見て、なんだかもっともっと僕も写真を撮りたいなと思った。

少なくとも、写真を見てくれた人がうれしくなるような、そんな写真をたくさん撮りたい。