キャラバン サライ

夢は大空へ、努力は足元で、世界に目を向けながら足元から子供たちを見直していきたいと思っています。

眠いとき、眠くないとき

2011年08月31日 | Weblog
先日、走っていて無性に眠くなった。
皇居で30kmの練習をしていたときだ。

眠たくて眠たくて、下手をするとふらふら車道に飛び出てしまうんじゃないかと思うくらいで、思わず立ち止まって少し寝た。
5分か10分か、正確な時間はわからないが少し夢を見た。
誰かに何度も繰り返し問いかけているような夢だったと思う。
夢から覚めて、自分がいる場所を思い出すのにほんの少し時間がかかった。それは毎朝ベッドで目を覚ますよりも長く、新鮮な驚きを含んだものだった。全てを理解しまた走りだすと、脳は澄んだようにクリアで、そのあとは気持ちよく走れた。

前にも同じような状況になったことがある。
山登りをしていた時だ。
正確には山を下っているとき。
あのときも異常に眠たくて、転がり落ちそうで、心の中では危ない危ないと警鐘を必死でたたいた。にもかかわらず、体はその心の声を無視し、眠りに落ちていく一方だった。


眠い事は多い。
学校の授業は殆ど眠たかったし(人間は90分集中できる動物だなんて学説はうそだ)、仕事中だって眠いことがある。
一度眠くなってしまったら、それはもうあらがい難いことで、自力での水面上への復活は多くの場合、心の徒労に終わる。

一方で、全く眠くならないときがある。
特に仕事中、ぶっ続けでいろんな対応に追われ、いくつもの打ち合わせに出席し、そのために脳は疲れているはずなのに、頭は冴えて眠くない。
そんなときは、概して自分が前向きになっている時だと思う。
自分からその仕事をかたずけに向かっているとき。
その仕事を追いかけているとき。
そんなときには、脳はフル回転で心と体の要求にこたえようとする。
その代わり、その後の反動は大きいだろうけど。

つなみ-被災地のこども80人の作文集

2011年08月17日 | Weblog
そういえば日航機墜落事故が発生してから1週間もたっていないときに、新聞の一面を日航機事故にするか、それとも中曽根首相の靖国参拝にするかが本気で議論されたというエピソードが『クライマーズハイ』にあった。
その新聞社がその日に最も伝えたいこと、最も大切だと思うこと、最も国民が必要だとしている情報は何か。
日航機事故の遺族はどんな思いで毎日の新聞を読んでいるか。
とにかく情報が欲しい。
自分たちがどうしてこんな状況にいるのか、とにかく、情報が欲しい。
そんなエピソードだった。

本屋で『つなみ-被災地のこども80人の作文集』という本を見た。
地震と津波の真っただ中にいた子供たちの作文集だった。
手にとって、一つの作文を読んでみた。
手書きで、ひらがなばかりの文だ。

「いっしょに映画をみにいく約束をしていた友達もなくなりました」

と書かれていたところで目が止まり、そのまま本をレジに持っていった。
震災からもう5カ月が過ぎた。
原発のニュースを除けば、地震と津波そのものの被害が新聞の一面に載ることは殆どない。
正直、震災直後に比べると僕自身の中からもいつの間にかその存在は少し薄くなっている。

それでも、地震と津波を真正面から受け止めた人たちは、ここにこうしている「人」がいることを知ってほしいと思っているんじゃないか。
忘れないでほしいと思っているんじゃないか。
これは、自分に対しての自戒である。

作文集の一文。

「避難所でいらいらすることもあるけれど、世界中のひとたちに感謝しています」

クライマーズ ハイ

2011年08月11日 | Weblog
横山秀夫の『クライマーズハイ』を読んだ。

昭和60年に起きた日航機墜落事故を軸に、新聞記者を主人公にした物語。

その中でいろいろなことが語られる。

ジャーナリズム
山を登ること
新聞社
親と子


そのどれもが丁寧に書かれ、深く掘り下げている。
特にジャーナリズムと山を登ることについては個人的に衝撃とも言えるほどの感銘。

作者は日航機墜落事故当時に現場である群馬県で記者をしていた。この本の凄みは、そこら辺にも関係しているんだろう。

とにかくおもしろい。

これくらい没頭して読んだ物語は二年くらい前に読んだ『フェルマーの最終定理』以来だ(あれはノンフィクションだが)。
本当に読んでよかったと思える本。

ベトナム

2011年08月10日 | Weblog
ベトナム

やっぱり騒がしくて、モトバイクだらけで、クラクションがけたたましくて、そんな道路事情とは打って変わって、人々はのんびりで。

8年前に来た時とちっとも変っていないようにも思えるし、どこかしら、少し静かになったようにも…。

それでも、この喧騒に包まれた、崩れかけのようにも見える、なんてきれいな街。

たぶん、この街並みによって、ここの人たちは輝いて見える。
たとえ、浅黒くても、ランニングシャツ一枚のおじさんでも、しわくちゃなおばあちゃんでも。

そんなこの街が、やっぱりどうしても愛おしい。

非営利組織の経営

2011年08月10日 | Weblog
ドラッカーの『非営利組織の経営』を読んだ。
ドラッカー関連では4冊目。
その中でも最も興味のあるテーマだった。

ドラッカーによると、非営利組織のマネジメントは、企業のそれよりもさらにプロフェッショナルでないといけない。
それは、報酬でモチベーションを維持できる企業と違って、非営利組織では理想と使命感を持ったボランティアを成果という形で引っ張っていかないといけないからだ。

ボランティアは、もはやボランティアではなく、報酬をもらわないスタッフなのだとドラッカーは言う。
事実アメリカでは、3人に2人が週末を非営利組織の活動に費やし、自己実現を目指している。

まさに、東北へみながボランティアへ行く、その目的とも一致するようだ。

会社の中で自己実現を目指そうとする(僕も含めた)多くの日本人とは違うなと思う。

もっと、非営利組織の収支について突っ込んだ議論を期待したが、それ以外はなかなかおもしろくて、いろんな知らないことを教えてもらた。


そろそろ、禁断の『もしドラ』に手を出してみようか。

山屋と走り屋

2011年08月09日 | Weblog
トライアスロンに一緒に出た会社のおじさんに、山登りが好きないわゆる「山屋」がいた。
そのおじさんがトライアスロンの帰り道にこんなことを言っていた。

「マラソンが好きな走り屋はトライアスロンでもタイムを意識する。だけど山屋は、やり切ることを意識する。だから、タイムが速かろうが遅かろうが気にならない」

一見、タイムで負けた事への言い訳にも思えるが、実は一緒に出た仲間の中では彼が一番速かった。だからといって謙遜のようにも思えない。なんというか、自然に出てきた言葉のように感じた。

確かに、登山はタイムどころか勝ち負けすら通常意識しない、なんだか変わったスポーツだ。
そこにタイムと勝負を持ち込んだのが登山競走でありトレイルランであるが、そう考えればこれら新参のスポーツが少なくない山屋に煙たがられているのにも頷ける。
そもそも同じスポーツとは言えないくらい発想が違うのだ。

では、山屋とはのんびりでもとにかく目標とした山に登ればいい、ただそれだけのスポーツか。

そう考えていたら、たまたま同じ日に難関で知られる剣岳に登ったという会社の先輩の言葉に新しい発見があった。

「一つのミスが簡単に死につながるような山だった」

そうだ、山というのは常に死と隣り合わせだった。
タイムや勝負がない代わりに、死から逃げている、生にしがみついている、そんな競技だ。

勿論、走っていて、熱射病や披露で倒れ、そのまま死んでしまうこともある。でも、多くの場合僕らは走るときに死と隣り合わせだという前提は考えない。
それは野球もサッカーも同じだ。

そう考えると、目的もコンセプトも大きく異なる二つのスポーツ。山屋と走り屋では性格も、人生観まで違ってくるのではないだろうか。

日米親善トライアスロン厚木大会

2011年08月07日 | Weblog
いよいよ初めてのトライアスロン挑戦。
厚木にある米軍の基地にて。

僕や夕夏が出場するチャレンジの部は、
スイムが200m、バイクが10km、ランが2km。

鬼門だったスイムは、1か月前から練習を始め、当初75mが限界だった実力を、なんとかゆっくりだが泳ぎ切るだけのところまでは持ってこられた。
バイクは愛車のGIOS PANTO。
ミニベロがどこまで通用するかが楽しみなところ。
そして、ラン。
2kmという短い距離だが、ここでどれだけ夕夏に差をつけられるかがポイントになる。

ちなみに、この大会のために初めてPANTOのタイヤをはずして、輪講袋に入れた。
小さなことでも、大事な経験。

湿度の高い、かんかん照りな日だ。
9:00スタート。

スイムは、とにかく焦らず、ゆっくり確実に泳ぎ切った。
屋外の50mプールだったが、やっぱり大きな空の下で行うのがトライアスロンの醍醐味だと思う。

プールからあがり、トランジションエリアへ走る。
ここでTシャツを着て、靴を履き、ヘルメットをかぶり、バイクをラックから外す。
この次の種目への一連の切り替え動作もタイムに加味され、実力に含まれるという、ちょっと特殊な競技だ。

以下の写真は一般の部に出場した会社の人のスイムからバイクへの切り替えを追った写真。


(スイム、無事完了)

(プールからトランジションエリアまで走る)

(Tシャツを着る)

(靴を履く)

(ヘルメットをかぶる)

(さあ、いざ出発!)


バイクは、まだ経験不足で、どれくらいの速さで走れば10kmで力を出し切れるのかが感覚的にわからない。
米軍基地の広大な滑走路を一周するコース。
スイムの疲労を回復する目的もあって最初は気持ちよく走っていたが、どんどん抜かれ始めたので焦って作戦変更。
少々疲れてでももりもり漕いでスピードをあげることに。

スイムやランと違って、世間一般に馴染みの薄いロードレーサーを使うバイク種目はトライアスロンの中でも最も初心者と経験者のタイムの差がつくところではないかと思う。
加えて、三種目の中では唯一バイクという「道具」にタイムが大きく左右される種目。
足の速い人が1000円の靴を履いて走ってもやっぱり速いし、泳ぎのうまい人が1000円の水着を着て泳いでもやっぱり速い。
でも、殊バイクに関して言えば、いくら速い人でもママチャリに乗っていては勝負できない。
バイクという安くない「道具」への投資が絶対に必要。
それがトライアスロンの敷居を少なからず高くしていると同時に、ランニングや水泳といった単体種目よりも少し高級なイメージをもたせている。

バイクは抜きつ、抜かれつでゴール。
ミニベロでもこのくらいの大会ならば十分通用することがわかった。

そして最終種目のランへ。
たった2km、されど2km。
スイムとバイクのあとのランはきついものだと想像はしていた。
しかし、想像を上回ってのきつさで走れない。
体が重い。
スピードを上げる自信がない。
そして、炎天下。

スイムやバイクで抜かされた人たちを何人か抜き返した。
長い長い、2kmだった。
でも、最後は笑ってゴールすることができた。

一つ、喜ばしいニュース。
夕夏ともう一人一緒に出た会社の同僚がチャレンジの部の女性の中でそれぞれ6位と4位となり、見事入賞を果たした。
こうなったら、来年も出場して順位を上げていくしかない。




(表彰され、メダルをもらう夕夏)




(二人そろっての入賞は快挙!)


僕は、来年は一般の部(スイム500m、バイク20km、ラン5km)に挑戦してみようかな、とも思っている。
それぐらい、やりごたえがあったし、達成感もあった。
なにより、もっとタイムを縮めたいと思った。

たぶん、最も縮み代が大きいのはスイムだろうな。

古代ギリシャ@上野

2011年08月06日 | Weblog
古代ギリシャが好きだ。
そんなに詳しいわけじゃないけれど。

キリスト教という一神教に征服される前の、様々な神様たちが生きていた時代。
オリンピアが開催され、選手は神に近づくとされた。
人の身体を美ととらえ、彫刻によってその表現を追求した。

そんなギリシャを特集した『古代ギリシャ展』に行ってきた。

上野の西洋美術館。

ついでに、初めて上野見物も。

アメ横ってアメリカ横丁のことだと思っていた。
これって、母親に教えてもらったような気が…。

楽しい街だ。
楽しくて、エキサイティング。
東南アジアか中国の街中に迷い込んだ錯覚にかられる。

古代ギリシャと上野。
まったく似つかないこの二つに遊んでもらった週末。

泳ぐこと

2011年08月03日 | Weblog
のんびり、のんびり、

手を前のほうへ伸ばそう。

息継ぎでは顔をあまり出さない。

足が沈みすぎないように。

息継ぎは後ろを見るんだ。

のんびり、のんびり。

息継ぎは魚の口のように…



泳ぎながらこんなにいろいろなこと意識するなんて。

まるで走っているときのよう。

いろんなことを意識して。
それが自動化されるように。


はじめは25mプールで75mを泳ぐことが精いっぱいだったのに、今は600mを泳げるようになった。

のんびり、のんびり、だけど。
さあ、トライアスロンまであと4日。