今日も快食、快眠、快便!

「快食、快眠、快便」を座右の銘として実行すべく、その達成度と日々の記録やあれこれ。

母への愚痴その4

2005-05-13 15:49:01 | 気がついたこと
母がプライドが高く、自分の理想に近い人間しか認められない例として、子供の友達の名前があります。
今は子供達が大きくなり、家族全員が食卓に揃わない日も増えてきましたが、今まではたいていみんな(夫以外)で朝・夕飯を食べています。
その時子供達は学校の話、友達の話、趣味の話、テレビの話題、いろ~んな話をするので子供の日常もよくわかります。
母も18年間そこにいて、毎日みんなの話を聞いているはずなのですが、なぜか聞こえていません。
耳が遠いわけじゃない。
自分に必要のない情報はすべてシャットアウトしているように感じます。
それでいて、私や孫達の行動のすべてを知りたがります(だったらちゃんと聞いてなよ、と思う)
子供の小学校からの親友でよく遊びにくるような子でも、話の中でその子の名前がしょちゅう出ているにもかかわらず、まったく覚えません。
そのかわり、子供達の友達の話をする時は「お父さんが東大出の子」とか「お父さんが大工さんの子」とか「お父さんがトヨタにお勤めしてる子」とか「成績が1番の子」とか「お兄さんが先生に呼び出された子」とか言います。
ちょっとしたインフォメーションだけはしっかり記憶しているようです。
私はそれがすっごくイヤ
すべてが万事それです。
私の友達でお子さん3人ともものすごく優秀で、3人とも中学校から私立で、バイオリンもバレエも習っていながら奥さんは専業主婦という人の話題に触れたときも、「お金かかって大変だよね~」と軽い感じで同意を求めたつもりが「普通の家なら40代でいくらいくらのお給料もらってるんだから、当たり前よ!」とヤブヘビです。
だから世間話もできません。
私は母を反面教師に、子供にはいつでも心のよりどころになれる港になりたいと思って日々努力しています。
努力しているというのは、自分自身がまだまだ子供で発展途上だし、全然大きな港になれていないから。
でも母のように、豪華客船しか受け入れない港にはなりたくない。
私の港から出航した船は、どんなに小さくても、どんなにボロボロに傷ついて戻ってきてもいつでも受け入れ可能な港でありたいし、また傷を癒して船出を見届けてやれるような港になりたいと思っています。
それには人間としての器が小さすぎる私。
これからもまだまだ努力が必要です。

母は今後もよっぽどの転機がない限り変わることがないと思うので、母の血圧を上げないようにご機嫌を取りながら、夫と母の間でしながら日々頑張っていきます。


他人のつまらない愚痴のなが~~~いお話を、もし最後まで読んでくださった方がいらしたら、どうもありがとうございました。
いろんなことを吐き出してちょっとスッキリしたかも。








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母への愚痴その3

2005-05-13 15:08:03 | 気がついたこと
たいした仕事はしていないけど、私は自分の仕事を天職だと思っています。
しかし母は、今でも趣味でやっていると思っていて、私が働いているのは夫に甲斐性がなく、家計が苦しいからだと思っています。
母それが不憫でならないのです。
たしかにうちは裕福じゃないし、母と同居しているので家賃もいらないし、実際母に助けてもらっているところもありますが、母が思うような収入を得られて、理想の家庭生活を送れるうちなんてそうないと思います。
たった1人の娘が優しい夫と優しい子供達に恵まれて、健康でこんなに毎日幸せなのに、何故母はそれを幸せと思ってくれないのか、ちょっと悲しいです。
2人も夫に先立たれ、たった1人の大事な娘が盗られたような気がしてるのかもしれませんね。

74年間、ただの1人も友達がなく、相談できる相手もいなかったので、辛い時に愚痴を聞いてもらって心のつかえを取り払ったり、「よく頑張ったね」と認めてもらえる人が周囲にいなかったことも母の心をかたくなにしてしまった原因だと思います。
どんどん外に出て、友達を作って愚痴をこぼしたらいいと思うのだけど、母はものすごくプライドが高いので、自分の弱みを人に見せるなどということが絶対にできません

また、病は気から人間なので、爆発時はもちろん、普段のちょっとしたことでも「こうした方がいいよ」とか「そういうのはどうかと思うな」などと注意しようものなら、途端に血圧が上がり、寝込んでしまいます。
それが仮病ではなく、多分保身のための無意識なんだろうけど、本当に病気になってしまいます。
普段でもそうなので、4~5年に1度の大喧嘩の時は家を出る出ないの大騒ぎになることもあるのですが、病気になるのもハンパじゃないので(といっても入院するほどなったことはない)結局この人には何を言っても変わらないし、わかってもらえないということで、こちらが頭を下げて場を丸く収めざるを得ないのです
これが友達とか知り合いなら、つきあいをやめればいいけれど、自分の母親だけに見捨てることもできず、また理解しあえないまま暮らしていくのが悲しいです。



続く


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母への愚痴その2

2005-05-13 14:35:31 | 気がついたこと
で、自分自身で理想を叶えることができなかった母が考えたのは、私に理想を叶えてもらうことでした!

と、いきなりな書き出しですが、訳がわからない方はこの1つ前の記事からお読みください。
ただし、今日は母への愚痴をグチグチグチグチ書き綴りますので、そういうの、イヤだな~という方はゴメンナサイです。

私は母の理想のような成績優秀な子供ではありませんでしたが、反抗期もなく、おとなしく素直な明るい子供は、夫を亡くした孤独な母にとって希望の光だったに違いありません。
ですから、母は自分の理想を私に託したのです。
私が、経済力があり、仕事への野心にあふれ、何事も如才なくこなし、包容力があって家族も大切にするような男性と結婚し、かわいく頭のいい孫達と何の老後の不安もなく楽しく過ごす理想の日々を。
しかしマイダーリンは母との理想とはかけ離れていたのです。
それでも私にとって、夫は私の理想の人です。
母の言う、いわゆる甲斐性は皆無です。たしかにちょっと頼りないところがあるし、経済力はないです。まったく要領が悪く、人を蹴落としてまで自分が上に行こうという気持ちが全然なく、人づき合いが苦手で上司や母にお世辞のひとつも言えません。

でも家族をとても愛してくれて、誠実で正直で素朴で正義感が強く、動物や植物を愛す心優しい人です。
のろけているように聞こえるかもしれませんが、こんなイイ人を何で母は認めてくれないんだろう…といつも思います。
その理由はズバリ!経済力がないから
いつも人のことを優先させ、自分は後回し、1円の得にもならない、誰にも認められないような仕事をコツコツ、縁の下の力持ちとなってやっていることが気に食わないんです。
母にとっては経済力や肩書きや学歴がすべてのようです。

普段2人は表面上では何事もなくやっていて、カフェオレ家も平穏な日々なのですが、4~5年に1度位の割合で大嵐が吹き荒れる日がやって来るのです。

母は思ったことを口にしないで溜め込むタイプなので、私の夫への不満が4~5年分溜まってくると爆発するのです。
不満といってもきっかけは些細なことで、夫が会社の畑に放置されている苗木を持ち帰り、庭中雑多な植物で溢れかえっているとか、子供のために買ってきた鈴虫が増えて200匹位になり、鳴き声がうるさくて眠れないとか。
ただ、それはきっかけに過ぎず、きっかけについては結局夫が頭を下げて植物を処分したり、鈴虫を山に放したりして一応の解決は見るのだけど、根本は夫に経済力がないことがストレスの原因なのでどれだけ話し合っても説得しても理解してもらえることがありません。
自分が悪いわけでもないのに謝って、何年も手塩にかけて育てた花たちをゴミ袋に入れなければならない夫の姿を想像してください!
もう私は夫がかわいそうで、申し訳なくて…

…続く…
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ついに愚痴ります!母のこと。

2005-05-13 13:45:09 | 気がついたこと
以前このブログで紹介した大原敬子さんの本の中で、「親子関係」について書かれた項目がいくつかありました。
例えば、『自分の理想通りに子供を育てようとする親は、実は自分のことしか考えていない。「おまえのために、我慢しているのだから」と子供に言い聞かせる親の大半は、本当の愛を知らない。子供が求めている愛を理解しようとしない』とか、
『なんでもかんでも愛という名目で子供に干渉する親がいる』
『いくつになっても子供を立派な大人だと認めない親がいる。子供の周囲で何か問題が起きるたびに、「だから」「やっぱり」と言いながら、首を突っ込んでくる。それが親の役目だと思っている』
という例を挙げ、そのために子供は親の理想の子供を演じ続けると指摘しています。
『子供が従順なので、親は「うちの子は素直ないい子」と世間に自慢したがり、子供に向かっては「こんなにもおまえのことを考えている」と恩を売る。しかしこれは子供にとって重荷でしかない。こうして親にしばられて育った子供は、いつも親を意識して生きることになる。結婚しても親の視線が気になる。やがて親を心の中で憎むようになるが、そうした子供達の多くは、親を憎んでしまう自分を責め続ける』
と、大原さんは書いています。

全部、当てはまります…

前に書いた通り、母は実の母ではありません。
それでも父の死後、女手1つで私を育ててくれました。
当時女性が子供を抱えて働くという事は並大抵の事ではなかったし、実際自由が丘の超お嬢様だった母にしてみたら、相当な苦労をしたと思うのです。
母子家庭でも、私は何不自由なくしてもらったし、寂しい思いもしたことないし、ほんとうに母にはどんなに感謝しても足りないくらいだと思っています。
そして愛されていると信じていました。

母は悪い人ではありません。意地悪なこともしません。
でも0か100か、つまりAll or Nothingの人です。
そして母の理想は、経済力のある旦那様と成績優秀な子供達に囲まれながら、幸せな専業主婦として毎日を過ごすことです。
いや、それって多くの人の理想ですよね。
でも現実はそうもいかない事が多いので、適当なところで折り合いをつけながら生きていくのが普通です。
実際母は、事業家だった(経済力のある)夫が亡くなった時点でその理想像を100%叶えることが不可能になったわけです。
父が亡くなったのは私が小学校2年の時でしたが、その後母は私が高校2年の時に某会社の社長(経済力のある)と再婚しました。
母の再婚後、私は再婚先の籍には入らず、母とは離れて祖母と2人で暮らしておりました。
が、再婚相手が結婚4年で急死してしまい、またもや母の理想の人生はガラガラと音を立てて崩れてしまったのです。

……続く……

なんかgooのブログ字数制限があるらしいので、とりあえず分けて書きます。
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