(原題:MAHLER AUF DER COUCH)大して面白くもない。今年(2011年)没後100年を迎えるグスタフ・マーラーの伝記映画だが、この屈折した大作曲家の生涯を真っ当に追うだけでは映画としてあまり興趣をもたらさないのは誰でも分かる。しかも昔ケン・ラッセル監督が「マーラー」において神経症的なアプローチを試みて成果を挙げたこともあり、今さら生半可なやり方では観客は納得しない。
今回は精神分析医フロイトがマーラーの悩みを聞き、回想形式で妻アルマとの関係性を描くという方法を採用。このやり方自体はかなり興味深い。当時の傑物の一人であったフロイトと、天才コンポーザーとの丁々発止のやり取りの中で、マーラーの芸術の真髄を垣間見せてくれれば万々歳だ。
しかし、この映画はどうにも生ぬるい。妻と年が離れすぎていたとか(19歳も下だったという)、そのころは珍しい女性の作曲家でもあったアルマがグスタフから作曲活動を封じられて、それが浮気の原因になったとか、まるで通り一遍のことしか述べられていのだ。幼い娘を亡くして落ち込んでいたというのも周知の事実で、特に強調するようなことでもない。
私が知りたいのは、マーラーの苦悩がどう実際の音楽に投影されていたかである。内なる葛藤が、彼のパッショネートな作品群のどの部分に反映していくのか、それを突っ込んで描かなければ映画にする価値はない。
監督はフェリックス・O・アドロンとパーシー・アドロンの親子だが、さほど才気は感じられない。登場人物が突如として作者からのインタビューを受けるというユニークなパートが挿入されるものの、興味深い話を聞けるわけでもなく、単に奇を衒った仕掛けに終わっているのには脱力だ。
クリムトやアルバン・ベルクなどの多くの天才アーティストが輩出した世紀末ウイーンの雰囲気もあまり出ていないし、何よりデジカムで撮影した薄味の安っぽい画面も勘弁して欲しい。演奏はエサ=ペッカ・サロネン&スウェーデン放響という有名どころを起用しているにもかかわらず、ついに最後まで映像と音楽がシンクロしてダイナミズムを生み出すには至っていなかった。
マーラー役のヨハネス・ジルバーシュナイダー、アルマに扮したバルバラ・ロマーナー、共に悪くない演技だけに、作品コンセプトと演出の詰めの甘さが気になってしまった。観る価値のある映画とは言い難い。