猫のひたい

杏子の映画日記
☆基本ネタバレはしません☆

街のあかり

2013-07-23 03:00:44 | 日記
2006年のフィンランド映画「街のあかり」。
ヘルシンキの警備会社で夜警をしているコイスティネン(ヤンネ・フーティアイネン)は、
無口でおとなしく、同僚からも上司からも気に入られず、孤独に暮らしていた。
コイスティネンの楽しみは、仕事が終わった明け方、ソーセージ屋に行くこと。ソーセージ
を買い、店のアイラ(マリア・ヘイスカネン)となんてことのない話をする。その時だけが
心穏やかになれた。ある時休憩時間にコイスティネンがカフェにいると、美しい女ミルヤ
(マリア・ヤルヴェンヘルミ)が声をかけてきた。「あなたが淋しそうだった」と言うミルヤに、
コイスティネンは一目で恋に落ちた。金のないコイスティネンは、ミルヤと慎ましいデートを
する。だがミルヤは、警備の厳しい宝石店に強盗に入るために、コイスティネンを利用しよう
と、悪党たちが送り込んできた罠だった。悪党たちは普段のコイスティネンの様子を見て、
利用できる、と踏んだのだった。やがて宝石店の警備の暗証番号がミルヤに知られ、強盗に
入られた。コイスティネンは逮捕された。主犯の名前を教えるように言われたが、彼は決して
ミルヤのことを言わなかった。コイスティネンは服役した。出所後に、華やかな服装で
高級車に乗り込むミルヤと男たちを見て、騙されていたことにやっと気づいたのだった。

アキ・カウリスマキ監督による人間性の再生の物語である。カウリスマキの映画には、救いが
ないものもあるが、これはラストに救いがある。
コイスティネンには何故友達の1人もいないのだろう。普通に社会で働いていて、あんなに
孤独な人っているのだろうか。まあ私も人付き合いは好きじゃないので、彼の気持ちが
わからないでもないが、やっぱり性格なんだろうな。
人と交わることが極端に苦手で、困難を伴う人はたまにいるものだ。(←私)
でも私はコイスティネンが1人でカフェにいる姿を見ると、何故だかホッとする。無表情な
(無表情なのはカウリスマキ映画の特徴の1つであるが)彼の周りは賑やかで、そこだけ違う
宇宙のようだ。
コイスティネンは結局罪をかぶって服役してしまう。バカバカしいくらいの人の良さ。彼に
とってミルヤはそれだけ大事な存在だったんだなあ。
最初から最後までずーっと不幸なコイスティネンだが、最後の最後に一筋の再生への光が
見える。そのシーンは感動的だ。
コメント
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