実力派副大統領としてアメリカ史上に名を留めることとなったディック・チェイニーの一代記である。
チェイニーを演じるのは変幻自在の怪優クリスチャン・ベール。学生時代の普通体型から政治家になっての肥満体に至るまで、これが同一人物かと思えるほどの変身ぶりだ。むかし、ロバート・デニーロがボクシング映画「レイジング・ブル」でボクサー時代の痩せた体型とでっぷり太った主人公を好演して世間をあっといわせたが、それに匹敵する役者根性である。
チェイニーは一流大学を中退し、地元の大学に入り直して一念発起、政治学の学位をとる。やがて、政界につながりができて俄然頭角をあらわし、ニクソン政権(共和党)で要職を得たあと、それを引き継いだフォードのもとでは、国防長官に昇格したかつての上司ラムズフェルドの後釜の首席補佐官に上り詰める。しかし、共和党が野に下ると地元に帰って下院議員を務めた。再び共和党が政権を奪うや、ブッシュ・シニアから国防長官に指名される。
話が佳境に入るのはこれからだ。民主党に政権交代してからはグローバル企業の重役に転じていたが、ブッシュ・ジュニア(サム・ロックウェルのそっくりぶりがおかしい)が大統領選に出馬するにあたって、チェイニーを副大統領候補にかつごうとする。今や功成り名を遂げたチェイニーにとって、飾り物に過ぎない副大統領などに興味はないと消極的だったが、顧問弁護士から「副大統領は行政府のナンバー2であるとともに立法府の長だ」と焚きつけられ、政策に積極的に口を出すことを条件に引き受けるのである。ちょっと解説すると、副大統領は大統領の承継順位1位であるとともに、上院の議長を兼務する決まりになっている。
ただ、チェイニー家の押入にも骸骨があった。ふたり娘の長女が同性愛者であることをカムアウトするのだ。妻は失望し混乱するが、チェイニーはそう告白する愛娘をやさしく抱き締めるのである。周知のとおり共和党右派は同性愛や妊娠中絶に反対であり、ブッシュ・ジュニアも同様だが、チェイニーはかれら共和党仲間に「自分は同性婚に賛成だ。この点は譲れない」と明言して憚らない。そういうチェイニーの人間的一面も描かれる。
ほかにも、パウェル国務長官やキッシンジャー補佐官のそっくりさんが登場して笑わせる。政治の世界では「一寸先は闇」、権謀術数を駆使して権力闘争が繰り返される。実によくできた政治ショーとして楽しませてもらった。 (健)
原題:Vice
監督・脚本:アダム・マッケイ
撮影:グレイグ・フレイザー
出演:クリスチャン・ベール、エイミー・アダムス、スティーヴ・カレル、サム・ロックウェル