いよいよ本格的な夏の到来だが、小学生の頃の夏休みの課題と言えばまず思い浮かべるのが「読書感想文」。これは小学生にとっては結構大変で、自分が気に入った本を選び全部読み切るところから始まり、そこから自分の思ったこと、感じたことを文章に表していくわけで、読書や作文が苦手な子には相当なプレッシャーになるのだ。最近では「自由研究」かどちらかの選択ができる学校も増えてきているそうだが、どちらも夏休みの終了時にはコンクールが用意されていて、今も夏休みのメイン課題として君臨していることは確か。自分は特別読書が好きだったわけではないのだが、小学4年生の時に先生が薦められた本の中に宮沢賢治の作品があって、その全集の中の「よだかの星」を読んで初めて感想文なるものを書いたことを鮮明に覚えている。鳥の仲間達からひどい差別を受け、自分の思いがなかなか伝わらず、果ては天高く空へ登っていって星になるという哀しいお話だったように記憶しているが、会話文が多く、力強い文体で、頭の中に自分なりのよだかの姿が映し出され、どんどん読み進めていけたように思う。
今や世界中で愛されている賢治の詩や物語だが、37歳という若さで亡くなった賢治が生前はまだ無名の作家であったことや、彼の死後家族の手によって様々な作品が広く世の中に伝えられていったことはよく知られている。この作品は、その中心となった人物、父親の政次郎にスポットを当て、賢治や家族とどのように向き合い、生きてきたかを描いた感動作だ。
父・政次郎を演じるのは役所広司。先日開催されたカンヌ国際映画祭ではビム・ベンダース監督の日独合作映画「PERFECT DAYS」で最優秀男優賞を受賞したばかりだが、間違いなく今の日本を代表する俳優と言っていいだろう。どんな役でもまさにPERFECTにやってのけ、今作でも息子を愛するが故に自分が父親としてできること、とことんやり通す姿を、時には懸命に、時にはユーモラスに演じきった。特に賢治がいよいよこの世を去るというときに、魂を呼び戻そうと「雨ニモマケズ」の詩を詠(うた)うところは圧巻。成島出監督お得意の長回し撮影で、一言一句一度も間違うことなく暗唱する姿に、観る者は目頭に熱いものを感じるはず。
まだ作家として売れず、農業、人造宝石の商売、宗教と、進むべき道を探して葛藤する青年期の賢治を演じるのは菅田将暉。賢治といえば今まで岩手県出身の清貧な農民というイメージがあったのだが、実際は花巻の質屋・古着商の長男で、父は町議会議員を務めるほどの有力者。結構裕福な家庭で育ったわけで、時折突拍子もない言動で家族を驚かす。この難役に対し、菅田将暉らしい新しいイメージの賢治を表現できたのではと思える熱演だった。
「私が宮沢賢治の一番の読者になる!」と宣言した父に「親馬鹿だねえ。」と微笑む賢治。その親馬鹿ぶりがあったからこそ賢治の作品は世界中に送り出され、賢治は銀河鉄道の汽車に乗って、いつまでも燃え続ける夜空の星となったのだ。そう、あのよだかの星のように。
(HIRO)
監督:成島出
原作:門井慶喜
脚本:坂口理子
撮影:相馬大輔
出演:役所広司、菅田将暉、森七菜、坂井真紀、田中泯、豊田裕大
「よだかの星」が載っている作品全集