シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「本心」 ( 2024年 日本映画 )

2025年01月01日 | 映画の感想・批評
 石川朔也(池松壮亮)は仕事中に母の秋子(田中裕子)から「今夜、ちょっと話がしたい」との電話を受ける。用事をすませて帰宅を急ぐと、豪雨で氾濫する川べりに母が立っていた。目を離した隙に母の姿は消え、朔也は助けようとして川に飛び込むが、自身が溺れて昏睡状態に陥ってしまう。一年後に病院のベッドで目を覚ました朔也は、見知らぬ男に秋子は“自由死”を選択して自死したと告げられた。朔也は仮想空間上に死んだ人間を再現する「VF(ヴァーチャル・フィギュア)」という技術があることを知り、母の本心を知るべく開発者の野崎(妻夫木聡)に母をVFとして蘇らせるように依頼するのだが・・・
 原作は平野啓一郎の同名小説で近未来社会が舞台となっている。そこではある人物の会話や手紙、日記、SNS等のデータをAIに学習させ、ヴァーチャルなクローン人間を作る技術が開発されていた。野崎は秋子に関するできるだけ多くの情報を集めるように朔也に指示し、朔也は母の親友であった彩花(三吉彩花)に接触して自分の知らない母の姿を探ろうとする。彩花は朔也が高校時代に好きだった同級生の由紀に容姿が似ており、苛酷な環境で育ちセックスワーカーをしていたことも共通していた。朔也は怒ると自制が効かなくなるところがあり、由紀を侮辱した教師に暴行を加えて高校を退学した黒歴史があった。台風の被害により避難所生活を余儀なくされていた彩花のため、朔也は自分の家の一室を提供する。やがて朔也は彩花を愛するようになるが、そこにイフィー(仲野太賀)というライバルが現れる。退院後の朔也は友人の紹介で「リアル・アバター」の職についていた。リアル・アバターとは依頼主のアバター<分身>として行動する近未来の業務のことで、朔也は苛酷で非情なリアル・アバターの仕事に翻弄され自分を見失いかけていた。
 彩花と朔也の恋愛やリアル・アバターという仕事の非人間性など映画の内容は盛り沢山だが、肝心の母の本心がよくわからないままだ。母は何を苦しんでいたのか、どんな秘密をもっていたのか、何故自死したのか、本心を知るためにAI技術によって母を再生したにも関わらず、母と息子の心理ドラマが掘り下げられていない。母・秋子は同性愛者であり精子提供によって朔也を産んだという秘密は明かされるが、それが自死する原因とは思われない。母の自死という大きな謎を提示していながら、その答が見えてこず、最終的に肩透かしを食ったような印象が残る。
 VFとして蘇った母は朔也と同居するうちに、朔也の望む母の姿に近づいていき、母の語る本心は朔也に都合のいいものになってしまっている感がある。母の死は自殺ではなく事故死であり、息子に言いたかったことは産んでよかったということと愛しているということ。これが最後に明かされる母の本心らしいが、本当にそうなのだろうか。VFの母は本当に母の気持ちを再現できているのか。会話や手紙、日記、SNSのデータだけで、果たして人間の心がわかるものなのか。本心とはむしろ言葉や文字で表現されていないものではないのか。そもそも人は自分の本心がわかっているのか・・・「本心」というタイトルを付けたのなら、もっと本心とは何かという問いかけが欲しかった。ラストシーンは朔也と彩花の恋愛が成就することを示唆していて、ハッピーエンドのような形になっている。苛酷な過去をもつ二人が結ばれるのは微笑ましいが、母の心に迫り切れなかったのは残念だ。(KOICHI)

監督:石井裕也
脚本:石井裕也
撮影:江崎朋生
出演:池松壮亮 田中裕子 三吉彩花 妻夫木聡 仲野太賀