2013年9月21日 サンフランシスコ6日め-個人日記

2013年09月22日 | 風の旅人日乗


坂の街サンフランシスコで開催されている
第34回アメリカズカップの第14レースが
翌日に延期されることが決まり、
観戦していたフォートメイスンの丘から、
街中のピア27にあるメディアセンターには行かず、
そのまま宿に戻る。

部屋で、しばし、ぼんやりと考えごと。

今回、サンフランシスコに来るか来ないか、結構悩んだけど、
最終的には、いい判断をしたね、と自分を誉める。
いろんなことを犠牲にしたけど、
価値のある、いい一週間だったと、
今は思える。


さてさてところで、そういうことで、
この夕方から先、予定のない時間ができた。

夕食の場所を探すことも含め、
その先の3時間くらいを、
今回初めて、自分の自由時間にすることにする。

サンフランシスコには、
個人的にいろいろと思い出深い場所もあり、
その思い出をたどって、
あっちやこっちに行ってみたい所があるし、
訪ねてみたい人もいる。

でも、3時間では、どれも、ほぼ無理。

どーしようかなあ?
地図を見てみると、
宿から歩いて30分強くらいのところに、
チャイナタウン。

そうだな、
カッコ付けて、ユニオンスクエアとかに行ってオタオタするよりも、
英語の中を歩いていると突然のように、
中国語が大声で飛び交い始める、あの街に行って、
あの、メチャクチャな混沌の中を、ぼんやり歩く、ってのも、いいかもよ。

未来から来たような新しいヨットレースを、
丸1週間ものあいだ観続けて、
こちらの脳みそも、整理できなくなっているところだし、
混沌としているあそこに行って、もっと脳みそを撹拌したら、
もしかしたら反作用で、見えてくるものがあるかもしれない。

ということで、本日の1人夕食は、
チャイナタウンへ。



サンフランシスコのチャイナタウンは、
アメリカからは全くかけ離れている場所のように見えるのに、
実は最もアメリカらしい場所なのかもしれないなあ、
なんてことを考えつつ、人波に押されるままに歩いていく。

うるさいくらいの大声で中国語で会話をする人たち。
周囲に気を付けながらだけど、ペッペとタンを吐く男たち。
人のことをグイと肘で押しのける女のひとたち(時々、ワーオ、すごい美人)。

でもね、自分でもビックリだけど、なぜか心地悪くない。
中国語は話せないしヒアリングできないのに、
そこの空気に溶け込んで普通にしている自分に、ビックリ。

自分は、アジア人なんだなあ、なんて、
当たり前のことに、改めて気がつく。


地元の、チャイナタウンで商売を営んでいると思われる
中国人の人たちが、楽しそうな掛け合いをしながら
出たり入ったりしている食堂を見つけ、
そこに、恐る恐る、入る。

外観、かなり汚い。
でも、テーブルと椅子が、とてもきれいに拭かれていて、清潔そう。

そこの食堂の、
バリバリに働きまくるウエイトレス(でいいのかな?)のおばさんが、
最初はすんごく怖かったけど、
すんごく無愛想だったけど、
そのうちすんごく親切にしてくれるようになり、

おいらはここで、
この1週間のサンフランシスコ滞在の中で、
文句なしに一番美味しい夕食をいただくことになった。

食後に、またぼんやり考えごとをしていると、
その怖いおばさんが持ってきてくれた熱いお茶は、
すごく丁寧に煎れられていて、とても美味しかった。

長居し過ぎたかなと思い、
自分で勝手にソワソワして
「チェックを」と言おうとした矢先に、
新しい熱いお茶と一緒に持ってきてくれた中国菓子が、
本当に、マジに、美味しかった。
ありがとう、(多分おいらよりもずいぶん歳下の、きれいな)おばさま。

でも、ところで、あんなにお茶を度々持ってきてくれたのは、
早く帰ってよ、ってサインだったのかな?

そんなこんながあったけど、
おいらの今回のサンフランシスコ最後の一日は、
おかげさまで、大変幸せのまま、完璧に完遂しました。



2013年9月21日 サンフランシスコ6日め―その2

2013年09月22日 | 風の旅人日乗
今朝、9月21日その1 の日記を書いたときはいい天気だったのに、
着替えて、準備をして、ドアの外に出ると、アレレ、本降りの雨。
ヘリーハンセンのレインウエア上下を着込んで、
再び出撃する。

しかし、残念なことに風向がよろしくなく、
第14レースは明日に延期。

本当に面白いAC72クラスでの
両チーム、ガチンコ勝負の第34回アメリカズカップ。
勝負が着くまでずっと観ていたいものだけど、
そろそろ日本に帰って本来の仕事に戻らなければ、
結構大変なことになっている。

もうすでに、あれと、これとが、遅滞し、
お客にご迷惑をかける直前の状態。
かなりマズいので、
明日の飛行機で日本に帰ります。

仕事をある程度犠牲にしたのはもちろんだけど、
それにさらにちょっとだけ加えさせていただくと、

今回のサンフランシスコ行きは、
最終回間近かで佳境に入っている「あまちゃん」を
丸々6日分も見逃すことを意味し、
朝の連ドラ観劇以外に趣味というものをほとんど持たない自分としては、
人知れずかなりな精神的被害をこうむった。

その意味では後ろ髪を引かれながら、
泣く泣くやってきた今回のサンフランシスコだったけど、
秘かな趣味を奪われたという精神的被害を補って余りある、
たくさんの「じぇじぇじぇ」を目にし、耳にすることができた。

これらの「じぇじぇじぇ」をできるだけたくさんの
日本のアメリカズカップファン、セーリングファンの人たちに
伝えるのが、これからの使命だと思う。
そのチャンスを与えてもらったことを
今ではとても感謝している。


雨の中、チームニュージーランドの選手を送り出す
ニュージーランド応援団。






今日のスタート海面は、こんな感じ。
何度も第1マーク回航を練習して、
コードゼロを開くタイミングを確認するチームニュージーランド。







レース延期が決まり、帰途につくチームニュージーランド。



フォイリングできるだけの風速は充分あるんだけど。

フォイリングする生のAC72を見られるのも、
これが最後かもしれないな。




本日最後の写真は、
130年以上もの間、他の国が
どうしてもアメリカズカップでアメリカに勝てなかった時代、
負けても、負けても、果敢に挑戦を続けていた
レーシングセイラーの大先輩との、うれしいツーショット。



オーストラリアの
ハーディーワインの創業者としてしか
一般的には知られてないかもしれないが、
サー・ジェイムス(ジム)・ハーディーは
おいらが高校生のときからのセーリング界のヒーローだ。

アメリカズカップだけでなく、
ポリスカーという俊足外洋ヨットの
オーナー&スキッパーとして、
アドミラルズカップやシドニーホバートレースで
大活躍していたセーラーだ。

今回は、
この大先輩と一緒の写真を自分のお土産にして、
日本に帰ることにしよう。