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楽しいこと、好きなことをのんびりと書いていきます。
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2010年4月16日 シリーズ松田聖子 第三回 「一千一秒物語」

2010年04月16日 19時56分35秒 | 音楽
当時の松田聖子は、年4枚のシングルと年2枚のアルバムをリリースしていました。今から見るとかなりのハイペースですが、すごいのは、決して粗製乱造ではなく、すべてのクオリティが非常に高いことにあります。




この曲は、4枚目のオリジナルアルバム、屈指の名盤との評判もある「風立ちぬ」のA面3曲目に収録されています。このアルバムのA面は、大瀧詠一氏のプロデュースのミニアルバム風となっています。
3曲目の「一千一秒物語」、4曲目「いちご畑でつかまえて」、5曲目「風立ちぬ」は、小説から拝借したタイトルとなっています。






シングル「風立ちぬ」で大瀧詠一氏を起用した時、「ずいぶん思いきったことを」と思ったものですが、結果は現在でも評価高いことが物語っています。






この曲には、「ペイパームーン」と「銀のお月さま」がセットで出てきますが、これは、張りぼての月が本物の月になった(願いがかなった)ことを示しているのでしょう。







それにしても、「クールミントのガム」で思い起こすのはロッテのガムですが、「風立ちぬ」はグリコのポッキーのCMソングです。当時は今に比べて、はるかに競合他社に対するライバル意識が強い時代、化粧品会社は他社とタイアップしたタレントは絶対に使わなかった時代に、良くやったと思います。






一千一秒物語  1981年10月21日発売 アルバム「風立ちぬ」収録


作詞:松本 隆
作曲:大瀧 詠一
編曲:多羅尾 伴内
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2010年4月15日 シリーズ松田聖子 第二回 「制服」

2010年04月15日 23時53分28秒 | 音楽
松田聖子が、アイドルとして活動したのは、デビューした1980年から、休養する1985年までの足かけ6年にすぎません。


私にとって、松田聖子を聴いていたのは1985年までと、復帰後のアルバム「Citron」までです。この時期の曲を、思いつくまま書いていきたいと思います。


さて、アイドル時代の松田聖子は、個人的に3期に分けられると思っています。

第一期:1980~81年  アイドル期
第二期:1982~83年  全盛期
第三期:1984~85年  円熟期


「赤いスイートピー」は、第二期の始まりの曲で、そのB面に収録されていたのが「制服」です。そしてこの曲は、当時からファンの間では人気がありました。



しかし、それはファンの間の話で、きっと一般の人は松田聖子のB面の曲なんか知らないんだろう、と思っていたのですが、後になって結構人気であることを知って、驚いたものです。当時はアルバムにも収録されていなかった、ただのB面曲なのに。



この曲、B面にしては珍しく松本隆/呉田軽穂の作品となっています。あるいは、A面競作、両A面の企画でもあったのかもしれません。




この曲の世界観に共感できるのは、リアルタイム世代だからなのですかね。もっとも、私は男子校だったので・・・






制服  1982年1月21日発売 シングルB面


作詞:松本 隆
作曲:呉田 軽穂
編曲:松任谷 正隆







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2010年4月13日 シリーズ松田聖子 第一回 「赤いスイートピー」

2010年04月13日 22時43分03秒 | 音楽
突然ですが、松田聖子について書いていきたいと思います。


じつは、ここを始めた時から、いつかは書きたいと思っていて、実際書いたこともあるのですが、いまいち気に入らずお蔵入りにしていましたが、4月になったので?書いてみたいと思います。






記念すべき第一回は、この曲以外に考えられないでしょう、自他ともに認める代表曲、「赤いスイートピー」。




ご本人も、転機になった曲、と言っていますが、まさにいろいろな意味で転機と呼ぶにふさわしい曲です。




まずは、曲。それまでのアイドル路線から脱却したのは、全々作の「白いパラソル」あたりから始まっていたと思いますが、やはり明確に変わったのはこの曲でしょう。

山口百恵が、宇崎竜堂/阿木曜子の曲でトップに上り詰めていったように、松田聖子は、松任谷由実/松本隆そして編曲の松任谷正隆を加えた、4人の松、で時代を作っていくことになります。その第1作目が「赤いスイートピー」です。


そして、曲だけではなく、松田聖子自身もこの曲から大きく変わります。代名詞だった聖子ちゃんカットをやめ、それまで自分のことを「聖子」といっていたのが「あたし」に、社会問題にもなった「ぶりっ子」もかげをひそめます。「ガハハ笑い」をするようになったのもこのころからではないかと思います。


それまでは「つくられたアイドル」だったのが、自らの意思を持ったアイドルに変化したという感じでしょうか。



この曲で女性ファンが増えた、とも言われていますが、どうでしょうか。聖子ちゃんカットがあれだけはやったことからわかるように、それ以前からも女性ファンは少なくなかったと思います。



実は、私にとっても転機になった曲で、松田聖子のファンになったのはこの曲からです。それまでアンチだったのですが。




この曲の素晴らしさについては、かつて、タモリもこの曲について、完成度が高く、気に入っていると言っていました。あとは、やはり、唄い方ですかね。唄のうまさとか、声の良さとかはもちろんですが、ちょっと不安げな雰囲気を感じさせるところが良い。この独特の唄い方は、その後の松田聖子の曲でもしばしばみられます。





しかし、この曲の歌詞は、よく考えると深い。「あなたの生き方が好き」・・・ちょっと深すぎます。





ところで、松任谷正隆氏は、この曲で最優秀編曲賞を受賞しましたが、その時の映像を某動画サイトで見たことがあります。ものすごく緊張していて笑えました。後日、今田耕司や藤原紀香相手にさぶいギャグを飛ばしていた人と同一人物とは思えません。



ちなみに、どうでもいい話ですが、私が今のっている車は、正隆氏が某テレビ番組でインプレしているを見て買いました。





とにかく、J-POPを代表する、名曲であることは間違いありません。






赤いスイートピー   1982年1月21日発売 シングルA面

作詞:松本 隆
作曲:呉田 軽穂
編曲:松任谷 正隆






(第二回に続く、多分)





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