ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

たちあがる女

2019-03-07 23:28:12 | た行

アイスランド発、「馬々と人間たち」(14年)監督の新作です。

 

「たちあがる女」71点★★★★

 

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アイスランドの田舎町。

一人の女性が、巨大な鉄塔向かって弓矢を放つ。

 

そして、テキパキと送電線を切った彼女は

大地を逃げ去っていった――。

 

彼女の名はハットラ(ハルドラ・ゲイルハルズトッティル)。

人知れず環境活動家としての顔を持つハットラは

自然を破壊するアルミニウム工場を撤退させようと

孤独な闘いを繰り広げていた。

 

そんな彼女のもとに、ある知らせが届く。

それは養子を迎える許可の通知だった。

 

母親になる夢と、環境を守るという使命。

両者の間で揺れるハットラは、ある決断を下すのだが――。

 

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1969年生まれ(ほぼ同い年やん!)

アイスランドのベネディクト・エルリングソン監督作品。

 

自然を守るために、猛然と「実力行使」を行い、

国家さえ敵に回す、孤独なヒロインの闘いを描いており

 

動物と自然とともに生きる土地からの

現代社会への強烈なメッセージ・・・・・・を超えて

これはもう、戦線布告ですね。

 

 

アイスランド映画って「ひつじ村の兄弟」(15年)といい

強烈に印象に残るんですが

どうしても動物が絡むネタが多く

弱虫毛虫なワシとしては辛かった。

 

ですが、本作はVS人間!VS権力!自然破壊、NO!ということで

も~う、どんどんやっちゃってちょうだい!と

安心して見ることができました(笑)

 

ハットラの強さに脱帽しつ、その常軌を逸した感覚にあ然としつつ

でも「これほどやらなきゃ、手ぬるい!」という悲鳴と、現状への焦燥、

そして罰をも覚悟の、重みを感じつつ

 

そんなシリアスを、独特なユーモラスに持っていく監督に

笑いながら目が覚める思いがしました。

 

 

劇伴の演奏家たちが画面に登場するのもおかしい。

監督は音楽にもとてもこだわりがあるんだと思います。

 

★3/9(土)からYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開。

「たちあがる女」公式サイト

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ウトヤ島、7月22日

2019-03-05 23:36:29 | あ行

マジでトラウマ映画。

でも、監督への取材と、もうひとつの映画で、その意味がわかった。

 

「ウトヤ島、7月22日」72点★★★★

 

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2011年、7月22日。

 

ノルウェーのウトヤ島に

サマーキャンプに集まった若者たちは

政治を語り、ナンパをし、思い思いに楽しんでいた。

 

しっかり者の姉カヤ(アンドレア・バーンツェン)も

反抗期の妹を気遣いつつ、キャンプを楽しんでいる。

 

そんなカヤのもとに

オスロでテロが起こったと親から電話が入る。

「ここは安全よ」――そう答えたカヤ。

 

だが、次の瞬間、

何かが爆発したような音に続き、大勢の若者たちが走ってきた。

 

「逃げろ!」――

わけもわからぬまま、建物の中に避難したカヤだったが――?!

 

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2011年、7月22日。

ノルウェーのオスロと、ウトヤ島で起きた連続テロ事件。

オスロで8人が、そしてウトヤ島で69人が犠牲になった大事件ですが

ワシも知らなかったし

日本ではそんなに報道されていないと思う。

 

そんな事件を

「おやすみなさいを言いたくて」(13年)、そして

「ヒトラーに屈しなかった国王」(16年)のエリック・ポッペ監督が、

映像化したものです。

 

ウトヤ島の事件に的を絞り、

実際に島で72分間続いた銃撃を、そのままに72分間ワンカットで描く、という

超・すごい映画で

 

正直、見た直後は「うーむむむ・・・・・・」と複雑な心境になった。

だって、かなりトラウマなんだもの。

それほどに、怖い。

 

ウトヤ島に集まっていた若者たちは

なにもわからないまま、狭い島の中を逃げ惑う。

観客も若者たちと一緒に

Tシャツ一枚で、その最中に置かれるんですね。

 

そのリアルさがあまりにもすごくて

(特に、とどろく銃声がめちゃくちゃ怖い!)

事件の凄惨さ、残酷さは確かなんだけど

この手法が、どういう意味になるんだろうと、首をひねってしまった。

本気でトラウマになりそうなんですよ。

手法のイメージとしては、ちょっと

「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」を想起させもするような。

 

しかし。

2つのことから

この映画の真の意味が明らかになり

見る意味と価値があることを認識し直しました。

 

まず一つめは

Netflix配信の、名匠ポール・グリーングラス監督による

「7月22日」という作品。

まさに同じ題材を描いているんですが

描き方がまったく違う。

 

 

こちらはウトヤ島での出来事は10分ほどで、その後は犯人が「なぜそれをしたのか」そして

生き残った若者の葛藤と闘いに焦点を当てているんですね。

これも見応えあるので、おすすめ、なのですが

たしかに「事件の心への焼き付け方」では

断然、本作に軍配があがる。

 

さらに「7月22日」のなかでも

犠牲者の遺族たちが、犯人との裁判に挑む弁護団に言うんです。

「(もう伝えられない、死んでしまった彼らに変わって)

あそこで何があったかを、伝えてほしい」と。

 

それを伝える、この映画の意味を改めて感じた。

 

そして二つめは

エリック・ポッペ監督へのインタビュー。

やはり生存者がみな「あの体験を、語りたい」と協力してくれたこと、

そして監督自身が戦場カメラマンでもある、という経験に

この映画が立脚しているとわかります。

(監督の体験を基にした「おやすみなさいを言いたくて」はおすすめ!)

 

インタビューはおなじみ「AERA」にて

3/11発売号に掲載される予定でございます。

 

ぜひ、映画を体験し、

その意味を感じ取っていただければと思います

 

★3/8(金)から全国で公開。

「ウトヤ島、7月22日」公式サイト

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マイ・ブックショップ

2019-03-04 23:23:01 | ま行

つつましやかで、凛と美しい。

そんな佇まいの映画です。

 

「マイ・ブックショップ」73点★★★★

 

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1959年、イギリスの海辺の小さな町。

戦争で夫を亡くしたフローレンス(エミリー・モーティマー)は

夫の夢でもあった書店を、この町に開くことに決めた。

 

古びた建物を買い取り、開店準備を進めるフローレンス。

だが、思わぬ横やりが入る。

 

町の有力者・ガマート夫人(パトリシア・クラークソン)に

「あの建物は、町の芸術センターとして使おうとしていたの。

書店はいいけど、あの建物は諦めてほしい」

と言われたのだ。

 

町の人々の冷たい視線のなか

それでも書店をオープンさせようと奮闘するフローレンス。

 

そんな彼女を

町で唯一の読書家で、世捨て人の老紳士(ビル・ナイ)が

そっと見守っていた――。

 

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サラ・ポリー主演の

「死ぬまでにしたい10のこと」(03年)「あなたになら言える秘密のこと」(05年)、

そして

最近では「しあわせへのまわり道」(13年)などで知られる

イザベル・コイシェ監督が

英国ブッカー賞受賞作家ペネロピ・フィッツジェラルドの原作を映画化。

 

1959年、戦争で夫を失った主人公が

保守的なイギリスの海辺の町で、書店を開こうとする話で

 

地味、に思えるかもしれませんが

テーマとこの宣伝ビジュアルに、掴まれる人多し!なのです。

 

そして内容も違わず、実につつましやかで

品と美のある良作でした。

 

まず素晴らしいのは

ヒロイン役のエミリー・モーティマー。

控えめで、しかし強い意志を持つ女性を「ハシッ!」と掴んだ音がするかのように

見事に演じています。

 

衣装にも細やかな人物造形が現れていて、

「ここ一番」のとき、あえて着飾らず

ブローチをひとつだけつける、

そのセンスがたまらない!

 

さらに、小さな町で四面楚歌になる彼女の

力強い後援者となる読書好きの世捨て人、ビル・ナイがいいんですよねえ!

 

孤独な彼とヒロインは、本を通じて心を通わせ、

惹かれつつ、しかし、触れない。

そのギリギリの寸止めの品性が、まあ、ジリジリとたまりません!w

 

書店を手伝うことになる町の少女とのやりとりもほほえましく、

それが、この物語のさらに先の「希望」となっていく点も

とてもよかった。

 

なにより

街からリアルに書店が消えているいま、

この映画を描いた意味は、見ると感じられると思う。

 

おなじみ「AERA」にて

イザベル・コイシェ監督にインタビューさせていただきました。

いま、この題材を描いた理由、そして

ワシも大好きな「あなたになら言える秘密のこと」を描いた監督の社会への目線についても

じっくり伺ってます。

 

掲載は公開後、3/18発売号になりそうですが

AERAdot.にも転載されると思います。

ぜひ映画と併せて、コイシェ・ワールドを味わってみてください!

 

★3/9(土)からシネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国順次公開。

「マイ・ブックショップ」公式サイト

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運び屋

2019-03-03 23:43:44 | は行

88歳、映画のレジェンド健在なり!

 

「運び屋」79点★★★★

 

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もうすぐ90歳になる退役軍人アール(クリント・イーストウッド)は

ユリの栽培家だ。

 

品評会でも優勝するほど知られた彼だったが

最近は売り上げが落ち込み

ついに自宅と農園を差し押さえられてしまう。

 

しかも家庭をないがしろにしてきたツケで

妻と娘からも距離を置かれ、帰る場所がない。

 

そんなアールに、ある仕事が舞い込む。

「ある場所からある場所へ、安全に車の運転さえすれば、大金が入る」

 

これまでユリの営業で全米を運転してきたアールは

なんなく仕事をこなす。

 

だが、彼の車に積まれていたのは

麻薬ドラッグだった――!

 

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クリント・イーストウッド監督が

仰天の実話を基に描いた作品。

 

それにしても

人生の円熟期からの「グラン・トリノ」(08年)、

そして「アメリカン・スナイパー」(14年)、最近では「15時17分、パリ行き」(18年)

コンスタントに高レベルの作品を発表してるけど

イーストウッド監督も、もう88歳。

 

正直、最近は毎回「もう、超えてこないかもな」と思いつつ、観るんです。

でも、

超えてくるんですねえ!

 

歳を重ねても、これだけおもしろいものを作り続けられるって、

本当に神。

そんな監督ばかりじゃないですよ、稀有ですよ。

 

で、本作は

「麻薬の運び屋」という題材はシビアっぽいけど

主人公である90歳のアールじいさんのトボけた味わい

そして退役軍人ならではのクソ度胸のよさ(笑)を

監督自身が「ヨボ芸」も駆使してうまく表してる。

 

そう、ちょっと「グラン・トリノ」に通じる感じがあって、いいんですわー。

 

さらに、アールを追う立場になる

麻薬捜査官(ブラッドリー・クーパー)の

派手に手柄を立てたいけど、微妙にハズしてるんだよね~というキャラの立て方も見事。

で、アールが無自覚に

そんなしゃかりき捜査官の裏をかいている――というあたりが

たまらなくおかしいんですね。

 

アールがやっていることはもちろん悪事。なんだけど

監督は観る人の罪悪感をフッとよけながら、

後ろめたさを感じさせないあんばいで

物語をうまく運んでいく。

 

と同時に

観る人がアールじいさんに肩入れすればするほど

展開にハラハラドキドキが増してゆく、という。

 

まさに

映画を知り尽くしたレジェンドの技を堪能!という感じでした。

 

次も、その次も

まだまだ本気で楽しみにさせてくれる監督。ホントすごいなあ。

 

★3/8(金)から全国で公開。

「運び屋」公式サイト

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岬の兄妹

2019-03-02 16:06:46 | ま行

 

きれいごとじゃない世界を、見ることの意味。

 

「岬の兄妹」70点★★★★

 

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海辺のあばら家に二人きりで暮らす

兄・良夫(松浦祐也)と、妹の真理子(和田光沙)。

 

自閉症の真理子はたびたび家を抜けだし、

そのたびに良夫は足をひきずりながら、町中を探し回っていた。

 

ある日、真理子は若い男に保護され、良夫のもとに帰ってきた。

「海鮮丼をおごってもらった」と、無邪気でご機嫌な真理子。

良夫は男に感謝するが、男はそそくさと立ち去っていった。

 

家に帰った良夫は

真理子のポケットに1万円札が入っていることに気づく。

 

「真理子、お前、何してたんだ?」

 

翌朝、良夫は真理子を家に閉じ込めて仕事に行くが

勤め先の造船所では、リストラがはじまっていた――。

 

***************************************

 

ポン・ジュノ監督や山下敦弘監督のもとで

研鑽を積んだ1981年生まれ、片山慎三監督のデビュー作です。

 

海辺のあばら家に暮らす、

障がいを持つ兄と妹。

 

貧困と困難の只中にあっても、助けの手も届かず

底辺を這いずるような二人の暮らし、そこで起こることは

きれいごとじゃない。

 

実際、モデルとなった事件もあるそうで

直視するのがキツいと思う人もいるかもしれないけど、

なんというんだろう

この映画が醸すのはそこまでの、どぎつい、真っ黒さではないんですよね。

 

闇社会を描く、とかではなく

悲惨な状況に、現実と地続きゆえの、人肌の“ぬくさ”があって

そこが興味深かった。

 

それは

自閉症の真理子の無邪気なふるまいや、

兄・良夫と、唯一の友人で警察官の肇(はじめ)くんの

やりとりのちぐはぐさや、

良夫のキャラに、どうにも間の抜けたところがあったりするところにも現れているし

 

絶対のピンチでの、良夫の仰天の反撃法に

度肝を抜かれつつ、ちょっと笑ってしまったり。

 

しかし、そんななかでもやっぱり、

兄妹に安易な救いは起こらない。

その冷徹は、実に効いてると感じました。

 

いまの世に、この作品が突きつけるもの。

考えさせられます。

 

★3/1(金)から全国で公開。

「岬の兄妹」公式サイト

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