自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆罵声飛び交う記者会見

2005年05月07日 | ⇒メディア時評
 JR福知山線脱線事故の記者会見の様子をテレビで見ていて、テレビの特性を理解していない記者がいると実感した。「遺族の前で泣いたようなふりをして、心の中でベロ出しとるやろ」「あんたらクビや」 などの記者の罵声が事故後のボウリング大会が発覚したJR西日本幹部の会見(4日)の席上で飛び交っていた。この激しい言葉に幹部が唇をかみ締め、耐えている様子が痛々しく感じられた。逆に、罵声を浴びせかけた記者に対しては、「犠牲者の遺族の代表でもないのに何の権利があって…」とほとんどの視聴者が感じたのではないか。

 もちろん、問題の本質は、大阪・天王寺車掌区の社員らが重大事故と認識しながら当日にボウリング大会を開催したことを会見の席上で指摘され、その幹部がメモを見ながら説明したことによる。つまり、メモを用意しながら、記者から指摘されなければ黙って済まそうとしたJR幹部の隠蔽(ぺい)体質に記者の怒りの声が上がり、勢い冒頭のような罵声も浴びせられたのである。これは、後日の新聞報道で知った。しかし、普通のテレビ視聴者は後日の新聞を広げ、記者がなぜあのような激しい言葉を吐いたのかという脈絡を読み取ろうとはしない。視聴者は、記者の傲慢さや、客観報道とは程遠いという印象だけを残したのである。

 私がむしろ懸念するのは、今後の記者会見の運営方法をめぐって、テレビと新聞の記者が対立することである。今回、どのメディアの記者が罵声を浴びせたのかは判らないが、「修羅場の取材では罵声が飛ぶこともある。マスコミ全体の印象を悪くするようなテレビ報道は差し控えて欲しい」などと言ったプリントメディア側からの注文は十分予想される。テレビ側ではむしろ混乱した記者会見という映像では、飛び交う激しい言葉は音声として使いたいのである。このメディアの手法の違いが浮き上がってくると、対立関係に発展していく。こうしたケースはたとえば、テレビ側と警察でもある。ある県警と記者クラブの誘拐事件での報道協定では、警察側の発表に関してカメラ撮影はOKだが、記者と警察の質疑応答はカメラを天井に向け、音声はメモ録音とすることで協定が結ばれた。確かに、誘拐報道では人命にかかわるナーバスな表現もあり、テレビ側に不満はあったものの、こういう妥協がなされたのである。取材現場でも利害は常にあり、調整も必要だ。

 遺族や被害者の立場に立った報道は取材側のモチベーションとしては必要で、時には質問する記者の声も大きくなるだろう。さらに、記者会見という取材現場も混乱している。だからこそルールが必要で、質疑をする際は社名と名前を名乗ること、これだけでも随分とマスコミ側の客観性や冷静さは保てる。あの見苦しい記者会見は繰り返して欲しくない。相手がうろたえるくらいの理詰めの追及がなされる記者会見を期待する。

⇒7日(土)午後・金沢の天気
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★珍客がキャンパスに

2005年05月07日 | ⇒キャンパス見聞
金大院生の井上耕治君撮影 

 私のオフィスがある金沢大学の記念会館の裏山では、クロサンショウウオが産卵を終え、もうそろそろモリアオガエルが産卵の時季です。季節は確実に夏へと移ろっています。ところで、上の写真をご覧ください。ニホンカモシカです。角間キャンパスの里山に現れました。栄養が行き届いているのか、毛並みもつややかです。確かに最近数が多くなっているのですが、大学の構内に野生のカモシカがいるのはユニーク、まさに珍客です。

⇒7日(土)午前・金沢の天気
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