風炉の最後の稽古となる十月は、名残の月などと呼ばれます。暑さをこらえて稽古を続けた日々の名残惜しさを増すように、茶室のしつらえや道具も枯れたものになっていきます。
この時期「残花」と言って、やや小ぶりになった花や、照り葉の少し混じった花を飾り、茶器も欠けたところを金継ぎしたような「陰り」のあるものが使われたりします。
夏のあいだ客から遠ざけていた風炉を、わざわざ客に近づけて配置する「中置」の点前にもまた、客の陰りへの感受性、足らぬものへの配慮が潜んでいるように思います。
民芸運動の柳宗悦は、著書『茶道論集』のなかで、茶の本質を「渋さ」と呼び、その真髄を「貧の心」にあると述べています。「貧の心」とは、先に述べた「陰りへの感受性」に近いものと捉えてよいでしょう。柳宗悦は、茶器の「簡素な形、静な膚、くすめる色」に「貧の心」を見ました。そして、貧の心は、疵のある器をすすんで用いるこの季節の茶人の心を、まさに言い表しています。
「貧」すなわち意味の凹みのなかに価値を見出す柳宗悦は、前掲書のなかで「足らざるに足るを感じるのが茶境なのである」とも述べています。この言葉を引いて、鷲田清一は、次のように続けます。
「足るを知る」というより、「足らざるに足るを感じる」。この語り方はなかなか爽やかである。そこには、足りているときには見えないさまざまの余韻や暗示がたっぷりと含まれている。柳にいわせれば、「無限なるもの」の暗示である。
「足るを知る」というふうに じぶんをまとめる、囲うのではなく、「無限なるもの」に向かってじぶんを開くために「足らざる」場所にじぶんを置く。
(鷲田清一著『大事なものは見えにくい』)
茶道は点前や客の作法が細かく決められていて、「じぶんをまとめて囲う」ことに重きを置くように見られます。しかし、これもまた囲いきれないもの、どうしても掬い取れないものへの感受性を研ぎ澄ます訓練、と捉えた方が良いのかもしれません。日々の稽古の目標は、きれいに所作をまとめあげることではなく、陰りへと飛び込んでゆく準備をすることなのだと思います。
利休の待庵など、そのたった二畳間の陰りに満ちた空間を「足らざる場所」として捉えると、そこは「無限なるもの」へとじぶんを開く場所なのだと、改めて理解することができます。国宝の待庵の中に入ることはできませんが、写真で見る土で塗った錆壁に、葦の下地窓から陽が差し込むあたりには、いにしえから続く余韻が漂っていて、それは茶人の魂を解き放つもののように感じます。