秋草の直立つ(すぐたつ)中にひとり立ち悲しすぎれば笑いたくなる
(道浦母都子『ゆうすげ』)
道浦母都子は大学在学中、全共闘運動に参加し、その体験をもとに書かれた歌集『無援の抒情』はベストセラーにもなりました。歌集のタイトルは、全共闘の渦中にいて病に倒れた高橋和巳の『孤立無援の思想』から採ったものです。歌集には次の歌が収められています。
催涙ガス避けんと秘かに持ち来たるレモンが胸で不意に匂えり
ガス弾の匂い残れる黒髪を洗い梳かして君に逢いゆく
胸元で不意に匂うレモンの香や、黒髪を梳かす仕草のいかにも女性らしさが、催涙ガス弾との対比を際立たせます。
学生運動から離れた作者が、やがて家庭を持ち生活の苦労を嫌というほどに味わったすえに、大きなため息をつくように詠ったのが冒頭の一首です。催涙ガスの先にある「レモン」や「君」に見られたような出口がどこにもない、たったひとりで秋草のなかに立ち尽くす姿がそこにあります。
作者は二度の結婚と離婚を経験し、二度目の結婚生活では、うまくいかない家庭生活の中で不妊治療にも苦しみました。そのころのやり場のない気持ちを「悲しすぎれば笑いたくなる」と詠います。
冒頭の歌が収められた歌集『ゆうすげ』刊行の数年後、道浦母都子は都はるみの歌の作詞を手がけます。都はるみのパートナー中村一好の、たっての希望で高橋和巳の作品『邪宗門』を題材に、と依頼されたものでした。この申し出を受け、都はるみの歌『邪宗門』が誕生します。
物語りをつくるのはわたし
世界を生むのはわたし
男女の恋を歌った歌詞のなかに、こういうフレーズが何気なく挿入されています。
恋にせよ連帯にせよ、それじたいが目的なのではなく、「ひとり立つ」ものが物語を創りそして世界を生み出すための、拠り所に過ぎないのだ、そう歌っているように感じます。
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