昨日の朝日新聞朝刊に、川本三郎が『思い出して生きること』という一文を寄せていました。
2008年に7歳下の妻を亡くして、自分はもう78歳になったけれども、14年間なんとかひとりで生きているという話です。縁起でもないと思いながら指折り数えてみると、来年妻に万一のことがあった場合の、私たち夫婦と同じ歳の組み合わせになるのでした。来年から数えて14年後に、私は78歳になっています。
奥さんを失ったとき、保険会社の女性から、妻に先立たれた夫は長生きできないと、川本は言われたそうです。そういう自覚もあって、自炊を試みたのもほんの束の間のこと。外食ばかりに頼っていたために、今年の夏には友達と飲んでいて倒れ、医者に栄養失調という診断を受けて愕然としたと書いています。台湾の虎尾の町を旅したとき、子ども食堂ならぬ「老人食堂」を町が運営しているのを見つけ、日本にもこんなものがあればと語っているのには、私も深く頷きました。
川本はまた、柳宗悦が妹を亡くしたときの、次の言葉を引いています。
「悲しみのみが悲しみを慰めてくれる。淋しさのみが淋しさを癒してくれる」
自分がなんとか14年間ひとりで生きてこられたのは、悲しみや淋しさと共にあったからだろうと述懐するのです。
怖れと共に、私はこの言葉を読みました。
この記事を読んで、小池光の歌集『思川の岸辺』(角川短歌叢書)にある「砂糖パン」という一連の歌を思い出しました。小池も川本と同じく、妻が可愛がった老猫を慈しんだ人です。
一枚の食パンに白い砂糖のせ食べたことあり志野二歳夏五歳のころ
自転車の前後に乗せて遠出して砂糖パン食べきかはゆかりにき
砂糖パンほんとおいしいと川のほとり草の上こゑを揃えて言ひき
おもひたちけふの昼餉に砂糖パンわれひとり食ひてなみだをこぼす
前三首は、娘たち(志野と夏)が小さい頃、自転車で川のほとりに出かけて行って、食パンに砂糖をかけたものを食べ、おいしいと言い合った宝もののような思い出を語っています。最後の一首は、それから数十年が経ち、妻に先立たれた六十過ぎの作者が、砂糖パンをひとり食する姿が詠まれています。
淋しさのみが淋しさを癒すということが、そのままに描かれていると思います。