ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

抜け目の無い人、抜けた人

2005年10月28日 | 通信-その他・雑感

 月曜日から水曜日の夜は、ガジ丸の島の記事を書いている。飯食ったり、風呂入ったりの日常生活に費やす時間以外の約3時間は、記事を書いている。書いている時、自分の脳内には知識が無いもの、あやふやなものなどがあった場合は、それらを調べながら書いている。不明な点の解明は、手元にある参考文献だけで事足りる場合もあるが、そうでない場合も多い。そういったときはメモしておいて、翌日、職場にある文献で調べている。
 火曜日はベッドのシーツを取り替える日、物臭なオジサンは1週間に1回しかシーツを替えない。「何だ!悪いか!これは俺の心と体の問題だ。他人がとやかく言う筋合いのものでは無い」などと濃い墨総理が言うのと同じようなことを、私は思っている。話は本題から大きく逸れるが、もしも、私のベッドに添い寝してくれる女性がいて、その人が「シーツは毎日替えて、私はその方が心落ち着くの」と言えば、私は少なくとも「毎日は大変だから週に2回ということにしてくれ。」と、ある程度は譲歩する用意がある。
 シーツを取り替える作業をしながら、その直前まで書いていた記事の中で、ふと、あの件(くだり)はもしかしたら自分の思い違いかもしれないぞ。明日、職場にある参考書で確認した方がいいぞということに気がついた。メモしなくちゃと思いつつ、シーツの取替えが先だろうと思いつつ、あっち行ったりこっち来たりを繰り返す。頭の中もあっち行ったりこっち来たりして、何だかボーっとしたままシーツが新しいものに替わった。
 その間、メモを書いたような覚えもあるが、「はて、メモは書いたっけか?」と記憶が確かでは無い。「まあ、いいや、先にシーツの洗濯だ」と、使っていた方のシーツを洗濯機に入れようとしたが、そのシーツが無い。「ボーっとしている間に洗濯機に入れたか?」と、洗濯機を覗いたが、そこにも無い。しばらく「???????」のまま数分。ひょっとしたらと確かめたら、ひょっとしていた。古いシーツはそのままにして、その上から新しいシーツをかけていた。こんなことは生まれて初めてのこと。老年にはまだだいぶ遠い私だが、酒の飲み過ぎかなんかで脳の老化は早いかもしれない。いよいよ来たか、と思う。
 改めて、シーツを取り替えた後、「そうそう、メモをしなくちゃ」と思い出し、「メモすること、メモの内容まで覚えているんだ。脳はまだ大丈夫だ。シーツのことはたまたま魔が指したのだ。」と少し安心しながらメモを書き、一服しようとタバコの箱を取る。タバコの箱の下に同じことを書いたメモがあった。書いたメモを忘れないようにとタバコの下に自分で置いたことを思い出した。おー、こわっ!大丈夫か?俺の脳味噌。
 このような抜けたことを、私はたびたびやる。これから年取るにつれてその頻度は高くなるであろう。そのうち私は、「あの抜けた人」と言われるに違いない。
 世の中には私とは大きく違って、「抜け目の無い人」もたくさんいるようである。前に、沖縄の宝である泡盛の、その「泡盛」という言葉そのものを商標登録した倭人がいた。沖縄に数多くある泡盛の醸造会社が、泡盛という名を使うたんびにその倭人へ名前の使用量を支払わなければならないということになる。が、まあ、それはさすがに伝統の泡盛、その倭人の目論見は外れ、泡盛という言葉は自由に使っていいということになった。
 シーツ事件の二日前の日曜日、「そろそろシマラッキョウを植えなくちゃ」と農協へ種株を買いに行く。ところが、シマラッキョウは10月の初めには品切れとなったらしい。最近人気の出たシマラッキョウ、抜け目の無い本土の業者が買い占めたとのことであった。お陰で私は、私の毎年の春の楽しみを失った。抜け目無いにも、困ったものである。

 記:2005.10.28 ガジ丸