一年で最も日の長い時期となった。7時になってもまだ明るい。明るいからと言って飲んではいけないという法は無い。今日も私はユクレー屋の暖簾を潜る。
毎度変わらない景色がそこにある。カウンター席にケダマンが腰掛けていて、カウンターの中にマナがいる。奥のテーブルに村の人数人とウフオバーがいる。
「やあ、ケダ、帰ってたの。ウフオバーとオキナワに行ってくるって聞いてたけど、日帰りだったんだ。」
「あー、空を飛んでの移動だったからな、早く済んだ。帰りにジラースーのとこへ顔を出して、ついさっき帰ってきたところだ。」と言いながらこっちを向いたケダマンの左頬が、少し赤くなっていた。
「おまえ、頬がちょっと赤くなってるぞ。マナにぶたれたか?」
「えっ、私?ぶってなんかないよ。」とマナは言って、ケダマンの顔を覗く。
「あっ、ホントだ。髪に隠れて気付かなかったけど、ちょっと赤いね。」
「あー、たいしたこたぁ無ぇよ。ぶたれたことには違いないがな。」
「えっ、マナじゃなかったら誰にぶたれたんだ。まさか、ウフオバーか?」(私)
すると、奥からオバーの声がした。齢とっても彼女は耳がいい。
「何で私がぶつねぇ。ケダはユーナに殴られたのさあ。」
「ユーナ?」と、マナと私が同時に声をあげる。
「そう、ユーナ。」とケダマンが肯く。ここからはケダマンの語り。
さっき、ジラースーの家に寄ったって言っただろ。そこで、ジラースーとオバーと俺は縁側に腰掛けて、三人でちょっとユンタクしたんだ。まあ、その日訪ねた首里や摩文仁のことなどが話題の中心だったんだが、ユーナの姿が見えないので、
「ユーナはまだ学校から帰ってないの?」とオバーがジラースーに訊く。
「いや、今日は学校休みだよ。友達のとこへ遊びに行って、その帰りに、晩飯の買い物をしてくるって言ってたが、もうそろそろ帰る頃だろう。」
「そういえば、このあいだ『ユーナに空手を教えている』って言ってたよな。ユーナの修行はまだ続いてるのか?」と、今度は俺がジラースーに訊く。
「あー、熱心にやってるよ。あいつ、なかなか筋が良くてな、もうだいぶ上達しているぜ。まあ、教える人間が良いからな。」
「上達ってたって、まだ三ヶ月だろ?」
「正式な空手ってわけじゃない。今は護身術だ。」
と、その時、ユーナが帰ってきた。
「あい、オバー。」
「ユーナ、元気だったねぇ。」などと言い合って二人は抱き合う。その姿を俺とジラースーは座ったまま眺めている。ジラースーが言う。
「ユーナに後から抱きついてみな。護身術がいかに身に付いているか分るぜ。」
で、その通り、俺はやってみた。ユーナは見事に技を習得していた。俺がユーナの体に触れたとたん、ユーナは振り返って、両手で俺の手を振り払い、そして、右ストレートを放った。その一発は命中した。おかげで、俺の頬はご覧の通りというわけだ。
以上がケダマンの話。ここから語りは私に戻る。マナが訊く。
「痩せても涸れてもケダはマジムンでしょ。マジムンは人間より優れてるんでしょ。ユーナのパンチを避けられなかったの?」
「うん、いや、ちょっと油断があったんだな。たかが小娘の、たかが三ヶ月の修行ごときにと思ったんだな。・・・それと、マジムンは人間より優れてるなんてことは無いぜ。本気で戦ったら、ジラースーに俺は勝てねぇよ。」(ケダ)
「ジラースーってそんなに強いの?」(マナ)
「あー、強いな。普段の気、気って体から発散される雰囲気なんだが、普段のそれは柔らかいんだがな、力を出すとな、圧倒されるほどの迫力があるぜ。」(ケダ)
「私も知ってるよ。すごいよ。それを見たら、マナはさらに惚れるかもよ。」(私)
「ふーん、そうなんだ。惚れたついでに私も空手を習おうかな。」
「あっ、そうだ。そういえばその時も、ジラースーが強いって話になって、それで、ユーナが『わたし、本格的に空手を習おうかな』って言ってたよ。数年後には空手家ユーナが誕生しているかもしれないな。マナのライバルになるぜ。」
恋に夢中のマナがジラースーから空手を習うたって、目的が別のところにあるので、マナが空手家になるというのには大いに疑問があるが、空手家ユーナは可能性がある。元々運動神経の良い子だ。まだ若いし、本気で修行すれば強くなるに違いない。
記:ゑんちゅ小僧 2007.6.22