マミナの亭主はぐうたらだったらしい。どうしようもないぐうたらだったので離婚したらしい。結婚生活は7年間だったらしい。二人の間に子供はいなくて、独り身となったマミナは田舎へ引っ越したらしい。再婚すること無く、母になることも無く、学校の先生として生きてきたらしい。生来の真面目さと面倒見の良さで、教え子たちだけでなく、周囲の人々とも仲良くやっていたらしい。平穏な日々だったらしい。
そうやって、数年の歳月が流れたある日のこと、マミナのもとを警官が訪ねてきた。別れた亭主が野垂れ死にしたという知らせであった。元亭主は、マミナの住む村の手前、道端の草むらにうずくまって死んでいたらしい。死因は餓死とのことであった。
元亭主のポケットには1枚の紙が、きれいに折り畳まれて入っていた。表にはマミナの名前が書かれていた。それは、封筒の無い手紙であった。
「思い出すと悲しくなるので」と、マミナは手紙の内容について詳しくは語らなかったが、「ごめんな。許してな。」といった言葉がいくつも書かれたあったらしい。そんなことがあって、マミナはユクレー島にやってきた。激しい後悔と深い悲しみに耐え切れず、海岸をフラフラと歩いていたら、いつのまにかユクレー島に立っていたとのこと。
そんなマミナの身の上話を肴に、今宵はしっとりと我々は酒を飲む。激しい暑さだった真夏も終わって、いくらか涼しい風が吹く9月の夜であった。
「まあ、何ていうかさ、愛も辛抱も足りなかったんだね。若かったんだね私も。若かった頃はさ、体重も足りなかったんだけどね。」酒豪マミナは、グイっとコップの泡盛を一口飲んで、「カッ、カッ、カッ、」と豪快に笑う。
「おー、昔は痩せていたらしいな。可愛かったらしいな。笑い方もきっと、カッ、カッ、カッ、では無く、ウフフとかだったんだろうな。」(ケダ)
「笑い方もお腹も」とマミナは自分の腹をポンと叩いて、「愛に溢れてるのさ。」と言い、チャーミングな笑顔を溢れさせる。
と、突然、辺りが薄暗くなり、靄が立ち込めたようなぼんやりとした空気に変わった。奴だ。グーダだ。最近ちょくちょく顔を出すので、その前触れにも慣れた。すぐに、カウンターの、ケダマンの隣の、私の隣にグーダが姿を現した。
「おっ、グーダ、今日はお呼びじゃないぞ。」(ケダ)
「そうだよ。しっとりした、愛に溢れる話をしてたんだ。」(私)
「あー、いや、ぐうたらという言葉が気になってな。」とグーダは言い、マミナの方に顔を向けて、「やー、マミナだね、久しぶりだな。ビールちょうだい。」と続ける。
「うん、久しぶりだね。あんまり会いたくないんだけどね。悪魔には。」
「まあ、そう言いなさんな。前に会った時は機会が無くて話せなかったんだがな、お前の元亭主のことを俺はちょっと知ってるぜ。あいつ、自分の力だけでは立ち直れない状態に陥っていたんだ。悪魔に憑り付かれていたんだ。」
「あっ、そうか。ぐうたらな悪魔グーダに憑り付かれていたから、マミナの亭主もぐうたらになってしまったんだ。なるほど。」(ケダ)
「俺じゃ無ぇよ。ぐうたらな悪魔じゃ無ぇよ。」
グーダによると、マミナの亭主に憑り付いたのは強欲な悪魔ということであった。
「パチンコに金使ったり、飲み屋の姉ちゃんに金使ったりするのは、誰かのためにやっていることじゃ無いだろ?それはただ、自分の欲望を満たすためにやっていることだ。そんなところを運悪く、我欲を食い物にする悪魔に見つかって、憑依されてしまったんだ。ついには、周りの人の心が見えなくなるほど欲に埋もれてしまったんだな。」
「その時、私の力が必要だったんだね。」(マミナ)
「うん、まあ、そうだったかも知れないな。」(グーダ)
「でもよー、欲が無いと人間、生きていけないだろ?」(ケダ)
「確かにそうだが、他人を思いやるっていうのも人間の本能だぜ。それを、他人を押しのけて自分が、という本能だけを助長させるなんてのはさ、動物として退化しているということだぜ。自分のための欲を抑えて、他人のための欲を先に感じることが進歩だと思うな。まあ、人類は、精神的には退化しいてるってことだ。悪魔にとっては好都合さ。」
そんな話が続く中、夜も更けていく。窓からは秋の涼しい夜風が流れ込んでいた。
「何だか、良い空気になってしまったな。悪魔失格だな。そろそろ帰るとするか。」と言うグーダに、マミナが訊いた。
「この島が平和なのは、他人を思いやる本能が勝っているからだね?」
「まあ、そういうことだな。それに、我欲を抑えることが結局は、島全体としては得だということを村人の多くが知ってるのさ。」とグーダは答え、スーッと消えた。
記:ゑんちゅ小僧 2007.9.7