ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

瓦版048 ユクレー屋新春歌合戦

2008年01月04日 | ユクレー瓦版

 12月は例年に無く暖かい日が続いたが、大晦日から急に冷えた。正月も久しぶりに寒い正月となった。こんだけ寒いと船上の新年会、浜辺の新年会なんてことはできない。ということで、今年の新年会はユクレー屋の中で、ということになった。
 去年、マナの希望でユクレー屋にピアノがやってきて、その関連からガジ丸やシバイサー博士の作った唄をいくつか紹介し、島の住人では無いが、ちょっとゆかりのあるユイ姉やクガ兄の唄を紹介したということもあって、今年の新年会は歌合戦となった。
 マナのピアノ伴奏で、『ねたらん節』や『シニカバカの夜は更けて』などを本家本元が歌い、ユイ姉の『チルダイラブ』や『湖上』をマナが自ら歌い、クガ兄の『白いパンツ』や『若狭海岸』を私とケダマンが歌い、ジラースーのサンシン伴奏で、伝統的な沖縄民謡をウフオバーや勝さん、新さん、太郎さんが歌った。
 みんなが歌っている歌をユーナは知らない。彼女は最近流行の歌を歌いたかったみたいだが、それの伴奏を誰も出来なかった。つまらなそうにしているユーナを見て、
 「カラオケならうちにあるよ。もう20年くらい前のものだからね、最近流行のものは入ってないけどね。」とマミナ先生が言う。
 「竹内マリアとか杏里なら知ってるよ。」とユーナがちょっと明るい顔になる。
 「うーん、そういうのあったかもねえ。」ということで、マミナ先生の家からカラオケセットを持ってきた。取りに行ったのはケダマンと私、ひとっ飛びだ。

 その後、ユクレー屋新春歌合戦は、カラオケによる歌謡曲やポップスなども混じって、さらに賑やかになる。ガジ丸もこの夜は珍しく乗っていて、ユーナが杏里の『悲しみが止まらない』を気持ち良く歌っている時、最後のサビの箇所でマイクを奪い、
 「アイキャンスタップ どーしてなーの アンダグチが止まらない。」と歌う。
 「何よそれ?」と、ガジ丸の好きなユーナは怒りもせず、甘えた声で訊く。
 「このあいだ、『アンダンテでアンダグチって唄作れないか?』ってケダマンに訊かれてよ、その後、『アンダグチが止まらない』ってフレーズが頭から離れなくて、ずっと歌っていたんだ。そのメロディーが何か思い出せなかったんだが、今、ユーナが歌っているのを聞いて、これだったんだと気付いたってわけだ。」
 「アンダグチって何?」とユーナがさらに訊く。
 「アンダグチは油口と書いて、お世辞って意味のウチナーグチだ。『アンダグチが止まらない』は、お世辞が止まらないお調子者の唄ってわけだ。」

 そこから、しばらくは替え歌合戦となった。古いポップスは、ジラースーや勝さん、新さん、太郎さんも良く知っていて、ジラースーが先ず、『枯れ葉』の替え歌、『枯れた』を歌う。カニハンディ(かね尺が外れる=ボケる)た夫婦の唄とのこと。

かにはんでぃてぃよー(ボケてよ) ワン(私の)ウトゥ(夫)やよー
ナマ(今)病院かい イッチョウ(入っている)しがよー
かにはんでぃてぃよー  わんウトゥやよー
ドゥー(自分の)名ーやてぃん ケー(全く)忘りとーん

  次に、勝さんが『サマータイム』の替え歌で、サーマタウム(さあまた芋)、
   
さー またウム めーにちやしが(毎日だけど)
さー またウム ちゅうやてんぷやらどーやー(今日は天麩羅だよ)
さー またウム にりてぃういやしが(飽きているかもしれないが)
あんだしあぎれー(油で揚げれば)、なー(もう)、くゎっちーどー(ご馳走さ)
     

 その他、『フライミートゥーザムーン』の替え歌で『フラー(バカな)ミートゥンダ(夫婦)ヤムン(だもの)』、
 『ケセラケセラ』の替え歌で『ヤシラ(痩せよう)ヤシラ(痩せよう)』、
 『ユーアーマイサンシャイン』の替え歌で『ィヤー(お前の)ヤー(家)ヌ(の)サンシン(三線)』、
 『イッツオンリーアペーパームーン』の替え歌で『イッター(お前の)ターリーヤ(父親は)テーファームン(滑稽者)』、
 『センチメンタルジャーニー』の替え歌で『ヤーンチ(家で)ニンタル(寝ている)ニーニー(兄さん)』、
 『オーバーザレインボウ』の替え歌で『オバーは乱暴』、
 『テイクファイヴ』の替え歌で『デージ(とても)カーブ』などを、ガジ丸やシバイサー博士、ケダマン、そして私も加わって、代わる代わる歌った。

 歌っている男共は楽しくて、大いに盛り上がったのであるが、マミナ先生も楽しそうに聞いていたのだが、マナとユーナがつまらなそうにしていた。我々の替え歌合戦が一通り終わった後、マナとユーナは普通の唄を普通に歌った。普通の唄を普通になんて、それこそつまらないことだと、少なくとも私は思いつつ、2008年の正月が終わった。

 記:ゑんちゅ小僧 2008.1.4


正月気分無し

2008年01月04日 | 通信-その他・雑感

 先方が遠方へ嫁いだため、長らく空席であった愛人1号(もちろん、私が勝手にそう思っているだけ)が、正月休みを兼ねて12月初めから長期里帰りをしている。デートを申し込むと「OK」との返事だったので、「おっ、愛人1号復活か」と密かに喜んだのであるが、その後、愛人1号は体調不良を理由にし、デートは無期限延期となった。
 クリスマスを美人と二人で過ごすというオジサンの甘い夢はパーとなり、恋人達の甘い夜といった巷のクリスマス気分を、今年もまた味わえなかった。

 12月は例年に無く暖かい日が続いていたが、大晦日から急に寒くなり、正月もしばらくぶりに冬の正月となった。コタツの似合ういかにも正月らしい正月。しかし私は、正月気分に浸ることができなかった。仕事を持ち帰っていたのである。
 仕事は公共工事の書類作成で、工事は4月から始まっていたもの。工事の現場監督は若いT。6月、7月、8月と私は現場に借り出された。Tに言う。
 「俺を週に1日か2日は現場から外して、書類作りをさせた方がいいぜ。」と。1年を通しての工事である。その書類を切羽詰ってからまとめて作るのは大変な作業となることが、私には十分予測できた。が、Tは聞く耳持たなかった。
 「その都度、その都度、書類は作っておかないと、後で大変だぞ。」とは、Tに対し部長が、レモン1個を口に含んだくらい口を酸っぱくして注意していたことである。それにもTは耳を貸さなかった。そして、事態は案の定となる。
 案の定となって、Tは毎日残業、部長もTの仕事を手伝わされ、私は土曜日出勤が続いた。「だから、言ったじゃないか!」と部長と私がTをなじると、「とにかく現場を進めろ、と社長から命令されたから」、と言い訳する。
 「仕事は現場だけじゃない。事務室の仕事も同じ仕事だ!」と、踊る大走査線のセリフみたいなことを私は思いついたが、ストレスで円形脱毛症になっているTをあまり責めるのは可哀想だと思い、そのセリフは飲み込む。

  私が持ち帰った仕事は、A3サイズ40枚分の図面書き。正月一日、それをテーブルの上に置き、茶を点てて、一服しつつ眺める。「今日から始めないと終わらない」と思いつつ、その日はガジ丸記事書きと、掃除、買い物に時間を費やした。
 翌二日、朝起きると、テーブルの上に置いたままのA3サイズ40枚が目に入る。窓の外は曇り空だが、部屋の中も曇り空、私の頭の中も曇り空の気分となる。だが、意を決して、その日から仕事に取り掛かった。
 というわけで、今年の正月は、気候は正月らしい気候となったが、寝そべってテレビのお笑い番組を見ながら、昼間から酒を飲むという、私の正月恒例行事ができなかった。
 年末はクリスマス気分を味わえず、年明けは正月気分を味わえない、というさんざんな年末年始となったのであった。 
          

 記:2008.1.4 島乃ガジ丸