金曜日の昼下がり、散歩に出る。陽射しはまだ暑いが、風は秋風だ。今年は例年に無く秋が早い。澄んだ空気が爽やか。何だかとても幸せな気分になる。
村の中を一回りしてから浜辺へ出る。海岸沿いを歩いて、シバイサー博士の研究所に向かう。波は穏やかで、潮の匂いも優しい。良い時間だ。研究所まであと数分という所で木陰に入った。マツの木の根元、良い時間を、しばし味わうことにした。
眠気が襲った。で、しばらくまどろんでいたら突然、「おい!」と声がした。目を開けると、目の前に大きな顔があった。この世のものとは思えぬ顔だったので、びっくりして飛び起きてしまった。博士の顔は、確かにこの世のものでは無いのだが、至近距離で見るとやはり、「わっ!」となってしまう。どこかしら迫力がある。
「やっ、やー、博士。突然ですね。」
「あー、突然かもしれないが、そんなに驚くことは無かろう。」
「えっ、いや、急に起こされたので吃驚しただけです。」
「ふーん、そうか。で、何してたんだ、こんな所で、こんな時間に?」
「いえ、これから博士の所へ行こうとしてたんです、その前にちょっと昼寝を。」
「そうだな、この気候は昼寝に最適だからな。気持ちはわかるぞ。私も、君の寝ている姿を見たら、一緒に寝たいと思ったくらいだ。」
「ですよね、ホントに良い気候ですよね。ところで、博士はどちらへ?」
「ユクレー屋だ。行こうとして、ふと海岸を見たら、君が寝ていたのだ。」
「そうですか、ユクレー屋ですか。何しに・・・」と言いかけて、博士が手に荷物をもっていることに、私はやっと気付いた。
「博士、それ、何ですか?何か発明品ですか?」
「おう、その通りだ。よく判ったな。シャーロックホームズか、君は。」
博士は自慢したがり屋である。その博士がわざわざユクレー屋へ行く。手に荷物を持っている。その荷物が発明品であることはシャーロックホームズじゃなくても、だいたい想像できる。ユクレー屋で、皆を前に発明品を見せて、「どうじゃ!」とふんぞり返って、高笑いしている博士の顔だって、私は容易に目に浮かぶ。
「どういった発明なんですか?・・・あっ、それとも、ユクレー屋に行って、皆の前で発表したほうがいいですか?」
「ん?・・・構わんぞ、君なら、先に見せても。」
博士が持っている荷物は、百科事典1巻ほどの大きさのバッグ。それを開けて、中から少し厚みのある、チャンピオンベルトのようなものを取り出した。
「何ですかそれ?チャンピオンベルトみたいですね。」
「ベルトには相違無い。チャンピオンについても、ある意味当たっている。」と、博士は前置きして、その発明品について語った。
「これは、まあ、早く言えば便秘の薬だ。もう少し正確に言うと、便秘の人に排便を促すような運動をしてくれる機械だ。使い方はベルトと同じ、腰に巻きつける。スイッチを入れると背中とお腹が波打つような運動をする。背中とお腹のマッサージ機のようなものだ。で、便意をもよおすってわけだ。名付けて『安産機』と言う。」
「博士、排便を促すってことは解りますが、なぜそれが『安産機』なんですか?」
「子供を産むというのはどんな感覚か?と、まあ、女では無いが元人間のケダマンに訊いたのだ。そしたら、『うんこ出すみたいなもんじゃないか』って言うから、こういうのを作ってみたわけだ。そろそろ産まれそうだという時にこれを使えば、すぐに産まれるので、医者の出番がすぐに来る。子供を出すついでに便も出る。というわけで、またの名を『先生、出便です』と言う。どうだ、なかなか面白いだろう。カッ、カッ、カッ。」と高笑いする博士であったが、その笑いが収まった後、私はきっぱりと言った。
「マナへのプレゼントでしょうが、博士、それきっと、便秘の人には良いかもしれませんが、出産にはいかがなものかと思います。だいたい、訊く相手が間違ってますよ。男には産む感覚なんて解りませんよ。マナも喜ばないと思います。むしろ、『子を産むことはうんこ出すみたいなもん』なんて言ったら、きっと殴られますよ。」
私の意見は正しいと思う。博士もしばらく考えて、
「そうか、うーん、そうなるか、確かに、良く考えるとそうかもな。」となった。
ということで、せっかくの発明品であったが、博士はユクレー屋に行く予定を変え、研究所へ戻った。『安産機』、またの名『先生、出便です』は皆に披露されることなく、研究所の倉庫へ仕舞われることになりそうだ。「マナに殴られるのは嫌だしな。」と言い残して去っていった博士の後姿は、よくあることだが、淋しげであった。
記:ゑんちゅ小僧 2008.9.19