今日もカウンターにはユーナ。日曜日には帰るとのことだ。さすがに、大学生を一年もやっていると、社会の状況にも関心があるみたいだ。
「今年の冬は暖かかったね。路上生活者が増えたっていうけど、その人たちにとっては助かっただろうね、少なくとも、凍死はせずに済んだだろうね。」
「あー、そうだな。でも、それはオキナワの話だろ、倭国は暖冬と言っても、やはり、それなりに寒いぜ。防寒具が無ければ凍死だと思うぜ。」
「そうかぁ、そうだよねぇ。寒いところは厳しいなぁ。リストラされた人たちも、せめて食料か家か、どちらかは確保できるといいのにね。」
「食料か家かどちらか、じゃないぜ。何より先に食料だぜ。家は無くったって、食い物さえあれば人は生きていける。ホームレスはホームレスだけど、残飯漁ってたって生きていりゃ人間には違いない。誰とも等しい一つの命だ。」
「そうだよね。ケダもたまにはまともなこと言うね。」
「でもさ、戦争に比べたら、不況はまだいいかもね。前にテレビのニュースで観たんだけどさ、パレスチナの子供達の映像だったんだけど、酷かったさあ。何であんなことするんだろうって思うよ。この世には神も仏もいないのか!って思うさあ。」
「思うさあってオメェ、見たことあるのか?神や仏を。」
「ん?見たこと、・・・あるわけ、ないじゃない。ケダはあるの?」
「俺も無ぇよ。地球にはもういないんじゃないのか。」
「世界のあちこちに神話があるんだから、少なくとも大昔はいたんじゃないの?」
「大昔はいたかもしらんな、しかし、もう確かめる術も無い。神のことについては、ガジ丸も知らんって前に言ってたぜ。あー、そういえば思い出した。」
ということで、ケダマン見聞録その27、『天上の終焉』の始まり。
その星の、人類が誕生してまだ間もない頃の話だ。
人類、つまり、知的生命体の誕生という大きな仕事を終えると、後は人類が自ら選んだ道を進んでいくのを見守るだけだ。天上界も暇になる。暇になると、まだ生命の誕生していない別の星へと移る。神々の大移動となるが、皆が去っていくわけでは無い。その星の行方を見守る役として、男神と女神の1組のカップルは残される。彼らは生殖活動に励みつつ、自分達の子孫を増やしつつ、その役目にあたる。
神々の中にもできる奴、できない奴、性格の良い奴、悪い奴がいて、相性の合う男女、合わない男女がいた。そして、たまたま運悪く、その星に残された男神はできない奴で、女神は性格の悪い奴で、少なくとも、女神は男神のことが大嫌いであった。
女神の名はエナイ、彼女は嫌いな男と残されたことに大きな不満があり、「何でこんなきれいな私があんな男と」と、毎日鏡を見ては、溜息するばかりであった。彼女の興味は自分自身にしか無く、下界のことにはほとんど関心が無かった。
男神の名はタオス、彼は下界を見ることはしたが、神としての能力に劣っていたので、人類の役にはほとんど立たなかった。人類に無関心の女神と役立たずの男神のせいで、その星の人々はやがて神の存在を信じなくなった。
「これではいかん。これでは大神様に怒られる。」と男神は焦り、あまり優秀でない頭で一所懸命考えた。そして、「子供を作ろう。できた子供を生き神として下界へ降ろし、人々のために奇跡を起こさせ、神の存在を知らしめるのだ。」と結論を得た。
嫌われていると解ってはいたが、「このままでは君も無能者の烙印を押されるぞ。」などと脅したり、「君のような宇宙一の美人と一緒にいられて幸せだ。」などと煽てたりして、何とか女神を拝み倒し、やっと、その体に触れることを許された。
そして、十月十日後、双子が生まれた。双子はそれぞれジカイ、ダレルと名付けられ、男神の計画通り、数年後には生き神として下界へ降ろされた。
ところが、男神の計画は長く待たずして頓挫した。生き神ジカイと生き神ダレル、神としての能力は母親譲りでまあまああり、性格は父親譲りでまあまあ優しかったのだが、残念ながら二人とも体が弱かった。人々を助けるどころか、人々に助けられて何とか生き延びている有様であった。程なくして、生き神ジカイと生き神ダレルは病死した。
女神エナイは、自分以外のもので唯一関心のあった子供を失い絶望した。男神タオスもまた、悲観にくれた。新しい命を得るために再びエナイを拝み倒す気力は、もはや失くしてしまっていた。それ以後、二人は無為な日々を過ごすこととなる。かくして、その星の天上界はまったく意味の無いものになってしまったのであった。
以上で、ケダマン見聞録『天上の終焉』の話はお終い。場面はユクレー屋に戻る。話を最後まで聞いていたように見えたユーナだったが、何の感想も無い。
「そんな理由で、神が消える星もあるって話だ。聞いてたか?」
「はー、聞いてたさ。何が言いたいのかよく解らない話だと思っていたら、つまり、駄洒落が言いたかったわけだね。はっさもう、とても疲れたさあ。」
「おー、よく気付いたな、つまりだな・・・」と俺が言うのを無視するように、ユーナはカウンターを離れ、台所へ去った。・・・静かな夜となってしまった。
語り:ケダマン 2009.4.3