さすが梅雨時と思われるような降ったり曇ったりの天気がしばらく続いて、今日は久々に晴れた。外の空気を吸おうと散歩に出る。ついでにシバイサー博士のご機嫌伺いにと研究所へ向かった。途中、ユクレー屋にちょいと立ち寄った。店に入るが誰もいない。裏庭を覗いたらそこにマナがいた。マナは洗濯物を干していた。
「やー、マナ、いい天気だね。洗濯干すのも久々だろ?」
「おはよ。そうだね、このところずっと部屋干しだったからね。」と言いつつ、マナは作業を続ける。自分のパンツもブラも干している。
「下着まで外に干すのか、丸見えじゃなの。」
「あんた、これ見て欲情する?しないでしょ。いいのさ、村の人たちがやってくるのも夕方からだし、ここは外からは見えないし。昼間、裏庭を覗くような人はあんたか、ケダマンくらいじゃない。二人とも私にとっては男じゃないのさ。」
「ジラースーが来るかもしれないよ。」
「今日は来ないの。彼が来るのは明日。」と言ったとたん、顔をにやつかせた。
「何だその顔、ジラースーと上手く行っているの?」
「上手くも何も、何の話もしてないよ。会えるだけでいいのさ。」
なるほど、恋する女は会えるだけで嬉しいらしい。三十半ばという歳で、あれこれ経験している割には、マナは純情みたいである。
「ところで、ケダマンも見えないけど、どこへ行ったの?」
「久々の晴れ間だからって、その辺プカプカしてくるって言ってたよ。」
「ふーん、そうか。出くわさなかったから、ずいぶん早く出たんだな。」
「うん、そうだね。1時間ほど前かねえ。」
と話しているうちにケダマンが帰ってきた。噂をすれば陰だ。
「やあ、どこをプカプカしてたんだ?」
「うん、いい風が吹いていたんでな、ちょいと山の方をプカプカしてたんだけどな、それよりもな、途中の道でちょっと不思議なものを見たぜ。」
「不思議なものって何?」(マナ)
「まあ、不思議って言うか、ガジ丸なんだけどな。アイツ、大声で歌いながら歩いていたんだ。ガジ丸ってよ、一見、静かな人ってタイプだろ、それがさ、暢気に大声で歌っていたんだ。何かずいぶん楽しそうで、いつものクールなガジ丸とは違っていたぜ。周りに誰もいないと思っての大声だったんだろうけどな、頭上に俺がいたわけさ。」
「歌うって、ガジ丸は元々歌うのは得意だよ。楽器も弾けるしさ。でも、そういえば、あんまり歌わないな。上手なんだけど控え目なんだな。」(私)
「そうだぜ。このあいだチャントセントビーチの唄を歌っただろ、あれも相当久しぶりだったよな。俺なんか、10年ぶり位のガジ丸の唄だったぜ。」
「でもさ、人前で歌わなくたって、一人の時は歌うんじゃないの。」(マナ)
「うーん、まあ、そうだろうね。上手いしね。」(私)
「いや、そりゃあそうかもしらんが、アイツ、不真面目だろ、歌うとしてもひょうきんな唄ばっかり歌っているだろ、それがさ、真面目そうな唄を歌ってたんだ。」
「へーえ、どんな唄、ちょっと興味あるな。」(マナ)
「いやー、俺も面白いと思ってな、ガジ丸の目の前に下りて、訊いたんだ。」
「よー、何を暢気に歌っているんだ?」
「何だオメェ、聞いていたのか?」
「そんな大声なら、聞きたくなくても聞こえるさ。」
「あー、そうか。誰もいないと思って、ついつい大声になっていたか。」
「ウチナーグチの歌みたいだったけど、沖縄民謡か?」
「うん、ウチナーグチだが、まあ、沖縄民謡としてもいいかな。俺の作った歌だ。」
「生きているのが幸せなんだ、なんてよ、何かオマエに似合わない真面目な唄だなあと思っていたら、作ったのもオマエなのか?」
「あー、俺の作詞作曲だ。真面目って言やぁ真面目だな。だけど、元々真面目がテーマじゃなくて、コマーシャルソングなんだ。」とガジ丸は言って、ポケットから何かを出した。細長い白っぽいものがガジ丸の手の平に数本あった。大きさはまちまちだが、平均するとポッキーの太さで、ポッキーの四分の一の長さくらいのもの。
「何だそれ、食い物か?」
「うん、そうだ。食べてみろよ。」と言うので、俺はその一つを口に入れた。カリカリした食感も良いが、味も良い。噛むほどに旨味が出る。
「美味いなこれ、酒のつまみだな。」
「グスミチカリカリって名前のスナックだ。ウフオバーが作ったものだ。シバイサー博士も食い物をいろいろ発明しているが、俺はオバーが作ったこのグスミチカリカリが大好きだ。博士のものより売れるに違いないと思ってな、唄までできたわけだ。」
場面はユクレー屋に戻って、
「というわけだ。ガジ丸はコマーシャルソングを歌っていたんだ。」
「オバーのグスミチカリカリって有名なの?」(マナ)
「いや、俺は知らなかった。マナも食べたこと無いのか?」(ケダ)
「無いよ。見たことも無いよ。ゑんちゅは?」(マナ)
「何年か前にオバーが作ったのを、ガジ丸と一緒に私も食べたよ。あっ、そうだ、思い出した。そういえばその時、グスミチカリカリをガジ丸がとても気に入って、販売しようぜとなって、コマーシャルソングも作るなんて言っていたよ。でも、オバーの話では、グスミチそのものがなかなか手に入らないので、そうしょっちゅうは作れないみたいで、販売するほど生産はできないってことだったな。」(私)
というわけで、グスミチカリカリは販売のされていない幻のお菓子なのであった。
※グスミチ:沖縄口で軟骨のこと
記:ゑんちゅ小僧2007.6.15 →音楽(グスミチカリカリの唄)