人材育成の原点 「ふくしごと」の提唱
●人間は多様だから、接し方もそれぞれ
面白い社員研修を見た。障害者施設を視察して障害者と接することで、多様性を学び、新しい価値観を持った人材を育てる。福祉とビジネスの融合を目指す会社「ふくしごと」(福岡市博多区)が、そんな新しい形の人材開発研修を企業などに提案し、好評を博しているという。
6月下旬、福岡市南区の障害福祉サービス事業所「工房まる」。絵画や陶芸、木工に励む障害者の姿を、JR九州(同市)の女性社員9人が見つめる。時折、声を掛けては談笑し、障害者と支援員とのやりとりにも耳を傾ける。この間、みっちり1時間半。
熊本や大分などJR九州の主要駅で働くチーフリーダーの研修の一こまだ。まるに通う身体・知的・精神とさまざまな障害がある人たちと接した後は、施設長の吉田修一さん(46)、NPO法人「まる」代表理事でふくしごと副社長でもある樋口龍二さん(43)に、疑問や感想をぶつけた。
「皆さんが生き生きと楽しそうに作業しているのに驚いた」「人と話すことや会うことが苦手だという通所者には、どう接しているのか」「障害や特性が一人一人違うが、どうやって会話を引き出すのか」…。参加者から質問があふれる。吉田さんたちは「時間はかかっても、一人一人に合った手だてを用意する」「先に商品ありきではなく、その人ができることから商品や工程を考えている」「まず人間対人間の関係を築く」などと、明快に答えていく。
熊本駅勤務の高木菜美さん(29)は「『どうしてできないの?』と後輩を指導してきたが、得意なことやできることを伸ばすという視点を得られた」。大分駅勤務の大塚美由紀さん(34)は「個人ができることから仕事をつくっていくというアプローチは新鮮。今後の仕事に生かしたい」と話した。
障害者施設を活用したふくしごとの研修は2015年に始まった。九州の企業・自治体の幹部候補生が参加するNPO法人「九州・アジア経営塾」(KAIL)の次世代ビジネスリーダー養成講座では15~16年、プログラムの一つに採用。今年は、JR九州や福岡経済同友会なども研修に取り入れている。
JR九州は、KAILの研修に参加した営業部担当部長(現人事部長)の三浦基路さん(47)が「障害の捉え方など、企業人として視野を広げるきっかけになった」と、自社の研修に組み込んだ。
そもそも、ふくしごとは15年2月、九州に約5400あるとされる障害者施設が手掛ける商品を発掘し、流通させることで、障害者の自立につなげようと設立された。建築・設計、デザイン、福祉などのプロ5人が取締役を務める。
活動の中で、障害者施設が日常的に行う「できることを支援して伸ばす」という視点と技術が一般企業の人材育成に生かせると気付いた。研修では、実際に施設に足を運んでもらい、樋口さんや社長の橋爪大輔さん(48)が気付きを促す。参加者は障害者との接し方はもちろん、「待つことを覚えた」「部下が失敗したとき、何か理由があったのかもしれないと話し合ってみた」など、同僚や部下とのコミュニケーションを省みる人が多いそうだ。
橋爪さんは「障害者や障害者施設自身も気付いていない価値を、形にして社会に発信したい。それが障害者の抱える課題だけでなく、社会の何かを変える可能性を感じる」と言う。確かに、ふくしごとの研修は、障害者への理解を深める上、その人らしく働くとはどういうことか、それぞれの働き方を振り返る機会になる。橋爪さんの言う「可能性」の一端が見えた。
「工房まる」で障害者と接して研修するJR九州の社員たち
=2017/07/06付 西日本新聞朝刊=