私には顔も名前もある。これが生きている私――。神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が殺された事件からもうすぐ1年。約300人の全国の障害者が、ロック音楽に乗せて生き生きと画面に登場するビデオが完成した。完成版は7日から動画投稿サイト「ユーチューブ」で公開される。
制作を呼びかけたのは神奈川県厚木市を本拠に活動する障害者中心のプロバンド「サルサガムテープ」。バックに流れる曲「ワンダフル世界」は、障害福祉サービスのNPO「ハイテンション」代表でバンドリーダーのかしわ哲さん(67)が作詞作曲した。
事件は昨年7月26日。「あの事件は、容疑者が障害者に価値を認めない思想が間違っていただけでなく、多くの犠牲者の名前も顔も表に出なかった。個人の死が個人として扱われず、障害者の存在自体を否定された気がした」と哲さんは振り返る。一人ひとりがビデオで堂々と「生きる喜び」を表したらどうだろうか、と考えた。
「サルサ」を率いて23年。地方公演を通じて各地のパフォーマンス集団との交流を深めた。今春、北海道から九州までのバンドやダンスチームなど15団体が集まり、各地で障害者の写真を集めることにした。
7分間の演奏と歌の間、スタジオ録音の様子とともに、知的障害や肢体不自由の人たちの写真が立て続けに映る。映画のエンドロールのように名前もずらっと出てくる。各施設の関係者も含めて、出演者は総勢380人に上った。
「ベイビィぼくには大事な夢がある……しあわせになるため生まれてきたんだ。生きていることが大好きなのさ」。こんな歌詞と明るい旋律。「サルサ」のボーカルで車椅子のYouGo(ユーゴ)さん(24)は言う。「あの事件は、僕たちに生きる価値がないと決めつけられた。だけど、勝手に決めないで欲しい。生きる価値を決めるのは僕たち自身。たまらない怒りはあるけど、それを抑えて抑えて、ロックで楽しく表現したかった」
大阪のNPO「さをりひろば」を拠点とするダンス・打楽器グループなどからも約50人が参加。活動をサポートする金野哲哉さん(31)は「声をかけた人は保護者も含めてみんな出ることに積極的だった。自信満々の顔を見て下さい」と反響を楽しみにしている。
ビデオのタイトルは「ワンダフル世界 サルサガムテープと全国の仲間」。短縮版は以下のURLで公開中。https://www.youtube.com/watch?v=3JHlP7Ofs5Q(編集委員・市川速水)
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「ワンダフル世界」
(作詞・作曲 かしわ哲)
ベイビィぼくには 大事な夢がある
世界中の神様を ご招待して
それぞれに祈りを 捧げて
それから 美味しいご飯を
みんなで食べるんだ
いままでに流された 数えきれぬ涙
無駄にならなくて ほんとに良かった
それぞれの言葉で 喜び合ってから
ロックンロールで みんなが踊り出す
ベイビィ その夢を裏切り
こころを閉ざしたら
名前も 知らぬ誰かの
明日が いきなり奪われる
かならずビューティフル
どこまでもワンダフル 世界
ベイビィ その夢の横に
いつでもきみがいて
傷つき 倒れかけたら
肩を並べ 2人で叫ぶ
それでもビューティフル
いつまでもワンダフル 世界
かならずビューティフル
どこまでもワンダフル 世界
とってもビューティフル
生きているワンダフル 世界
しあわせになるため 生まれてきたんだ
生きていることが 大好きなのさ
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〈かしわ・てつ〉 1950年生まれ。東京都出身。NPO法人「ハイテンション」代表。作家としても「アイシテル物語」シリーズなどで知られる。
絶叫で盛り上がる「サルサガムテープ」のライブ=1月、埼玉県熊谷市の「HEAVEN’S ROCK KUMAGAYA VJ-1」。
2017年7月1日 朝日新聞