「津波てんでんこ」という言葉がある。津波が来たらてんでんばらばらに逃げ、各自が自分を守ることに徹するよう説いた、三陸地方の教えだ。
災害時は、まず自分を守ることに必死。また、家族の命が一番大事だと考えるのも自然なことだ。そして、誰かを助けるために犠牲者を増やすことはあってはならない。それでも、高齢者や障害者らが取り残されず、全ての人が助かる道は模索できるのか。
自力で階段降りる
「地域の中で誰もが役割を持って、知恵や力を振り絞る。障害者も誰も“お客さん”ではいけない。自分のできるところはやる、少しずつでもみんなが自助努力することが地域の防災力を高める。それが、誰も取り残さないインクルーシブ(包括的な)防災につながる」。NPO支援技術開発機構(ATDO)副理事長で、障害者の防災力向上に取り組む河村宏さんはこう語る。
河村さんは、車いすを使って生活する知人の例を紹介する。「建物の4階にある自宅から自力で降りる練習をした。車いすがなければその先の避難ができないので、1階分降ろせる長さのロープを車いすに縛り付けて先に降ろし、次に腕の力で階段を降りる。それを繰り返して避難できるようになった」。このように地上まで降りられれば、避難する人の波に合流でき、支援を受けやすくなる。
障害者は自分の身を守るだけでなく、他人を助けることもできる。「知的障害がある人も消火器は扱える。訓練すればエキスパートになり、人に教えられるようになる可能性もある。視覚障害者も、マッサージを仕事にしているような人は屈強な体を持っていて、車いすを抱え上げるなど力仕事ができる」と河村さん。「大きなリソースとなり得る彼らが地域の防災に参加できるよう、働きかけることが大切だ」と強調した。「避難所行けない」
大分県別府市は、インクルーシブな防災の実現に取り組む地域の一つだ。同市の障害者や福祉関係者らによる団体「福祉フォーラムin別杵速見実行委員会」は、約10年にわたって障害者の防災に取り組む。
28年4月に発生した熊本地震では、別府市も震度6弱の大きな揺れに見舞われた。団体が同市亀川地区に住む障害者を調査したところ、「寝たきりで動けない」「(避難所の)トイレが使えるか心配」「迷惑をかけるから」などの理由で、避難しなかった障害者が7割以上に上ったことが分かった。
調整重ね意識変化
こうした状況を改善しようと、障害のある当事者らは地域の自治委員や民生委員、行政などと意見交換し、合同で避難訓練を実施した。
当初は、「民生委員も手いっぱいでこれ以上は難しい」「現実問題としてやり手(支援者)がいない」「障害者の情報がない」などと厳しい意見もあった。障害者とその家族らは、住む地域の災害時のリスクを調べたり、自分たちでできる限りの備えをした上で必要となる支援を明確にしたりして、個別の避難計画づくりを進め、地域の人との調整を重ねた。
別府市共創戦略室防災危機管理課の村野淳子さんは「取り組みを通して、障害当事者と地域の人との関係性ができてきた。『多くの人が力を少しずつ出して多くの人を救う』という意識が生まれている」と話す。昨年12月に実施された避難訓練では、地域の訓練への参加を遠慮していた精神障害の男性が母親とともに参加し、車いすを使う関係者をサポートする側にまわる場面もあったという。
一人も取り残さない
「津波てんでんこ」は、自分だけが助かればいいという自己中心的な考え方を示すものではない。全ての人が自分を守る努力を最大限にすることで、みんなが助かる。インクルーシブな防災を表す教えといえるだろう。
別府市での事業を支援する日本財団や河村さんらの働きかけもあり、2015年3月に仙台市で開催された第3回国連防災世界会議で採択された「仙台防災枠組」では、従来、災害弱者として扱われてきた障害者が、防災・減災を担う主体に加わることが明記された。同9月に採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」は「誰一人取り残さない」をコンセプトに掲げる。
自分を守ることが地域全体の安全・安心につながる。重い障害のある人も、自分の命を諦めず、助かる希望が持てる社会の実現が少しずつ近づいている。
この連載は、松田麻希が担当しました。
神戸新聞 2018/03/10