観・環・感

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食育

2006年10月01日 | 日記
今日の勉強会のテーマは、食育だった。
メンバーの一人が、発表者となり、「徳島県食育推進計画」を取り上げた。
この計画の策定は、2005年6月17日に制定された食育基本法第17条の
”都道府県は、食育推進基本計画を基本として、当該都道府県の区域内における食育の推進に関する施策についての計画(以下「都道府県食育推進計画」という。)を作成するよう努めなければならない。”
に基づくものである。
発表者は、本県は野菜の生産県であるにもかかわらず、あまり食べておらず、また、13年連続糖尿病による死亡が一番多い県という不名誉な記録もあるので、実行力のあるような施策を打ち出す必要があると話していた。
まず、食という非常に個人的な問題を基本法とはいえ、法律で定める必要があるのかということは、法律の前文に書かれているので、その一部を記載した。
"子どもたちが豊かな人間性をはぐくみ、生きる力を身に付けていくためには、何よりも「食」が重要である。今、改めて、食育を、生きる上での基本であって、知育、徳育及び体育の基礎となるべきものと位置付けるとともに、様々な経験を通じて「食」に関する知識と「食」を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てる食育を推進することが求められている。もとより、食育はあらゆる世代の国民に必要なものであるが、子どもたちに対する食育は、心身の成長及び人格の形成に大きな影響を及ぼし、生涯にわたって健全な心と身体を培い豊かな人間性をはぐくんでいく基礎となるものである。
一方、社会経済情勢がめまぐるしく変化し、日々忙しい生活を送る中で、人々は、毎日の「食」の大切さを忘れがちである。国民の食生活においては、栄養の偏り、不規則な食事、肥満や生活習慣病の増加、過度の痩身志向などの問題に加え、新たな「食」の安全上の問題や、「食」の海外への依存の問題が生じており、「食」に関する情報が社会に氾濫する中で、人々は、食生活の改善の面からも、「食」の安全の確保の面からも、自ら「食」のあり方を学ぶことが求められている。また、豊かな緑と水に恵まれた自然の下で先人からはぐくまれてきた、地域の多様性と豊かな味覚や文化の香りあふれる日本の「食」が失われる危機にある。"
と、大人というか我々世代以上の人間の誰もが思っているようなことがそのまま書かれている。
ということは、どうにかしないと、ビートたけしでないが、「放っておくと大変なことになる」という危機意識があるからであろう。
コンビニで毎日捨てられる弁当など膨大な食品の話も問題だがもっと怖い話も聞いた。アメリカで3年間暮らして帰ってきたばかりの若いメンバーが言うには、日本に帰ってコンビニの弁当やおにぎりを食べていたら舌が痛くなってどうしても受け付けなくなり、食べることをやめたそうだ。我々は、コンビニの弁当やおにぎりに慣れたせいか全く感じないというのに。
先進諸国の大半は、日本より食料自給率がはるかに高いにもかかわらず、日本が低いのは米国の余剰食糧を輸入させられているという現実もある。また、食に対する関心度からいえば食品添加物の問題が一番多いが、遺伝子の問題やBSEの問題も大きい。
しかし、この法に基づく計画には取り上げないということになっているらしい。
発表者は、最後に自分の思う食育の基本は、「家庭の食卓で家族そろって食事」につきると話していた。
勉強会はその後、食の話から健康問題に話が移っていき、それぞれメンバーが自分の糖尿病や高血圧、高脂血症など生活習慣病の話になった。
なお、食育基本法
の全文はここに載っている。
来月の勉強会は、禅寺の瑞巌寺で住職の話を聞く予定である。
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