川柳は仕事をリタイアしてから、じっくり本腰を入れて勉強しようと、呑気に構えていました。
だから、川柳での句会の勝敗も負けて元々・・そのうちに・・という極楽トンボで課題提出もいつもぎりぎりの劣等生・・けれど同人というのに属しているらしい。
川柳を始めて6ヶ月後、全国函館誌上大会課題「無」「生き抜いて無常の花を摘んでいる」
を投句しました。それが、五客に入選しました。この題では函館で1位ということらしかったのです。
その入選が、嬉しいとか嬉しくないとかいう感情が湧き立つ前に、句会も知らない・・大会もどんなものか知らない・・すごいね!と言われても・・なにがすごいかも良く分からない・・五客って何?という状態でした。・・でも・・いい句だな!
この句はいつも、そう思っていたことを五七五にしただけで、句を作ったという感情はありません。もう11年前のことです。
そして、句会に参加するようになってから、まぐれのような、突発性発疹のような天・地・人をいただくこともあり、そのうち同人に推薦され・・なっていました。
ところが、恩のある川柳人から昨年の9月頃、「あなたは・・同人と言う意味がわかりますか?」と質問された。
A氏は普段は朗らかでこんなことを聞かれるのは初めてだった。「えー・・良く解っていないです・・」と正直に答えた。
「僕はね・・実はあと2年しか生きられないのですよ・・抗がん剤がもうそれしか効かないのですよ・・川柳を勉強してくださいね・・同人の意味を解ってくださいね。」「そんなあ・・今は医学が発達していますからそんなことはないでしょう・・?」と告げたら「今の医学で2年しか持たないのです。」「・・・・」。
寝耳に水で、心の中では「まずい・・勉強しなくちゃ!・・」の意識変革モードに入らざる負えませんでした。
池さとし氏の出会いは、7年?位前だったでしょうか?池氏との出会いで、川柳が私の思い描いていた、趣味的な川柳の世界ではないことに、7年かかってやっと、気づかせていただきました。ふつーなら・・もっと早く気づくのでしょうが・・ナントモハヤ?・・かたじけない!・・鈍感力が素晴らしい川柳界の豚児とは・・・私のことで、今考えるとずいぶんな川柳に対する向上心の意識の低さ・・です。あーあ。
池氏は、禅の人のイメージで、いつも静かに水を湛えて決して他者に対して不快な言葉を使わない方で、鳴くまで待とうホトトギスの心の方です。
それが、青葉テイ子氏との出会いで、一変したのです。
私の川柳の導火線に火が点いたのです。句会でご一緒させていただいたテイ子氏の句のレベルの高さに唖然としたのと同時に、「私も上手な句が創りたい!!」と心が発火したのです。
今、この『泥』誌を転載しておりますが・・ただの一度も入力がおっくうだと思ったことはありません。
一文字ずつキーボードを叩いていると、本を読むという感覚から全く違った次元の感覚が、御三人の言葉を通じて異字元の世界へと自分の感性が誘われるのです。
例えば、言葉が私の体内に水のように注ぎ込んでくる感触。キーボードがピアノをゆっくり弾いているような音律の感覚。
容子さんの文章を打っているときは、自分が容子さんなのか・・容子さんが自分なのかわからない感覚に何度も襲われました。
そして、創刊号はボロボロの涙。2号はひたひたの涙。三号はしとしとの涙が襲ってきます。この感覚を言葉に出きるほどの技量は無い私ですが、彼女の魂は空間に位置する。
そんな風に思えてきます。
池さとし氏・青葉テイ子氏・佐藤容子氏の言語は、脳細胞から発せられるのは常識としても、私の体内感覚は・・人間の体の3分の2が水分と言うことですが、彼らの言葉は全脳から体内水分を経由して言葉が出力しているような気がしてなりません。
言葉が水から聴こえてくるのです・・だから・・瑞々しいということなのかも知れません。
川柳で、酷使した言葉のレシピが彼らの中ですっかり浄化されているということなのかも知れません。そして今、これからも・・私はこの水に聞きながら・問いながら下手な川柳を作っていく人生なのでしょう・・。『泥』誌のおかげで、またまた川柳が大好きになりました。
先日、30歳のK君が・・3年くらいのスピードで急に川柳が上手になったので、びっくりした私は「どうして?」って聞いたら、「このブログを見たりしてまっす!」とは、 ちょいと!嬉しいね!