福岡のなおちゃんです。
悩みの渦中にあったころ大阪の十三(じゅうそう)に住んでいました。
駅の東口には、なんでもそろう商店街や、がんこ寿司本店があったり、夜はネオン街にかわる昭和の臭いが漂う街でした。
阪急十三駅の東口を降りると、喜八洲総本店があります。
なかでも「きんつば」は、私にとってごちそうでした。
北海道産の厳選した小豆を使った羊羹をひと口大に切ったものを小麦粉と砂糖を水で溶いた容器の中をくぐらせ、職人さんがお店の前の鉄板で一面一面を焼き上げていきます。
休日、梅田に行った帰り道、きんつばを買って、線路のガード下をくぐり抜けて、西口のアパートに帰っていました。
いつも見慣れた光景ですが、ガード下にはいつも、片足を戦争で亡くした傷痍軍人のおっちゃんがいました。
小さな椅子に、白い病衣を着て白い軍帽をかぶり座り、目の前には施しを入れてもらう四角い缶カン、傍らには松葉杖が立てかけてありました。
ほとんどの通行人は、おっちゃんが透明人間かのように横をスルスルと通り過ぎていきます。
おっちゃんは黙って頭を下げて座っていて、時々、缶カンにお金がチャリンと投げ込まれると黙礼していました。
いつの時代のお話しと思われるかもしれませんが、平成のはじめのころのことです。
戦争は遠い昔のことだと思っていました。
大人になって、はじめて都会で観た光景に、まだこのような人がいたのかと、タイムスリップしたような気持ちになり、戦争の現実を見たような気がしました。
毎年、終戦記念日のころになると必ず思いだす光景です。
悩んでいたあの頃、私も幸せになれるだろうか?と未来が見えませんでした。
でも、今は大切な宝物はなにげない日々の暮らしの中に埋もれて、気づかないだけで、いつも身近にあるんじゃないかと、最近気づくことが多くなりました。
今日も悩みを一世さんに、聞いてもらって、大切なものを見つけることができました。
ありがとうございました。
この出会いに感謝です。
これからも一つ一つの出会いを大切に‼です。
今は遠くにいて十三に行けません。
でも、このコロナ禍が落ち着いたら、また喜八洲のきんつば食べに行きたいな (´∀`) 。
どんな出会いと発見があるかな?
2021・8・6 福岡のなおちゃんより