今朝も5時半くらいだったろうか?2回くらい大きな揺れを感じて、ベッドから嫌々起きて、TVをつける。自分の所はたぶん震度2位だったかもしれないが、最近はあまりにも地震が多くて、揺れて無くても揺れている感覚に襲われることがある。じ~っと眠ってる時やじ~っと座ってる時に、揺れてる?って思う瞬間が増えた。実際に、地震が多いのは確かだが。。。
今日、久しぶりに福島で被災した元同僚に会った。彼女は現在、東京に自分の住居があり、今月末に福島に完全に帰る予定だ。帰省中に被災した。意外と元気で明るい。
彼女に放射能汚染が怖いから、出来るだけ早く福島から離れるように
と、何度も促した私・・・。実際に会えたので、電話ではなく様子を直接聞くと、彼女の家自体は新しく、立派な家のようで、大丈夫だから、そのまま住んでいくとのこと。。。つい、先週まで電気も来てなかったし、数日前に水がやっと復旧したという具合だ。トイレの水を川にくみに行くのが日課だったと笑っていたが・・・家が崩れてない人々は、そのまま福島原発から約60~70km圏内の福島市内であるが、普通に会社に行き、普通に地震の片付けをし、修理等を努力しながら、生活を続けているそうだ。家がある人、どこにも逃げる宛がない人、どこかに行きたくない人は、普通に今までどおりの生活を、不便があっても我慢しながら、そこで送っているそうだ。それが一番の幸せだから・・・。
東京の人々が恐れて、騒いでいる野菜や水にしたって、普通に飲んで食べているそうだ。なぜって?物資の供給が滞っていて、土地の野菜を食べるしかないし、土地の水道水を飲むしかないから。そして、皆さん、普通に家から会社やお店へと働きに行っているとのこと。危険だから水道水を飲まないように、野菜を食べないようにと言われても、誰も供給してくれないからだ。政府は言っただけで、フォローはしてくれない。
大地震の後も何度も震度5強の地震に福島は襲われているのだが、あの大地震を体験しているので、震度5ではもう驚かないとか・・・慣れとは凄いというか・・・たくましい・・・いいのだろうか
周囲の人々も同じような感じだそうだ。
彼女に福島に帰るのではなくて、家族全員でどこか?他の地方にでも数ヶ月の間、避難したら?と、色々な自治体が被災者のために提供している公団や施設に入れてもらうのも可能か調べた方がいいと指摘した。どうも、家がある人々は今までどおりの普通の生活をすることで精一杯で、放射能汚染について、あまり気にかけていないようだ。
参考までに武田邦彦さんの最近のブログで福島について触れているので、こちらをクリック
福島市内の放射能汚染のレベルはなぜか?かなり高く、長く続くと、女性や子供にはかなり危険だと私は思っている。人々は土地の野菜を食べ続け、水を飲み続けているのだから、このままでいいのだろうか?避難勧告は今のところ20km圏内でしかないので、家は大丈夫だって、安心さえしている様子だ。しばらく汚染が落ち着くまで、数ヶ月でも別荘気分でどこかに逃げてもいいのでは?と思うのだが、近所の人も家族親戚も置いていけない、家があるのだから、家に居たいという家族・高齢者達の意見を尊重すると逃げるわけにはいかないって言うのだ。。。放射能に汚染されて命が縮まっても仕方ないね~。それも運命だね~みたいな・・・半ばあきらめの心境・・・としか思えない。
高齢者はいいとして、まだ20代の彼女の将来を考えると、私は1日の放射能レベルがこの位なら数日でこの位になって、1ヶ月になったら、もう限度を超えるんじゃないか?と説教じみた話をしたら。。。でも。。。みんなでどこにも行けないし
と、あきらめモード。彼女自身の生活なので、私がしつこく言ったとしても彼女の選択である。
家を無くした被災者の方々は、他の土地に一時的にでも避難せざるを得ないから、土地を離れる決心もつくのだろうが、家がある人々は土地を離れたがらない。放射能汚染が一時的で止まるのなら、もちろん健康のレベルに影響はないだろうが、
こんなに長く続いていて、いっこうに事態が終息しないのだから・・・いつまで汚染され続けるのかわからないなら、一次的にでも避難した方がいいだろう。高濃度に汚染されているのに、避難地域外とされている人々には真実の情報開示をしないと、多くの人の今後の健康が心配です
ちなみに、ガソリン不足は被災地でも今だに深刻で、彼女は親戚がどこからか?ガソリンを持ってきてくれて、自家用車で茨城まで来て、そこから電車で東京に来たとのことだ。バスが出ているとのことだが、情報がよくわからないし、被災者で避難する人々でごった返しているのがバスらしい。いつまでも乗れそうもないので、ガソリンを分けてもらって、茨城まで出てきたとのこと・・・。東北自動車道がすいていても、物流が滞っているのは、いわき市と南相馬市を走る東北自動車道を通らないと福島には入れないので、入りたくないトラックが多いのだろう
と、あきらめモードであった。。。
避難民でない人にも情報の伝達、周知、ケアがそれぞれ必要なのだと思うが、皆は誰にも期待せず、自分で出来ることを確実に最大限にやっているのだと思った。明るく前向きに頑張っている様子だけど・・・東京より福島の方々の今ではなく、将来の放射能汚染の影響が心配です
風がいつも西にふきますように
今日、久しぶりに福島で被災した元同僚に会った。彼女は現在、東京に自分の住居があり、今月末に福島に完全に帰る予定だ。帰省中に被災した。意外と元気で明るい。
彼女に放射能汚染が怖いから、出来るだけ早く福島から離れるように

東京の人々が恐れて、騒いでいる野菜や水にしたって、普通に飲んで食べているそうだ。なぜって?物資の供給が滞っていて、土地の野菜を食べるしかないし、土地の水道水を飲むしかないから。そして、皆さん、普通に家から会社やお店へと働きに行っているとのこと。危険だから水道水を飲まないように、野菜を食べないようにと言われても、誰も供給してくれないからだ。政府は言っただけで、フォローはしてくれない。
大地震の後も何度も震度5強の地震に福島は襲われているのだが、あの大地震を体験しているので、震度5ではもう驚かないとか・・・慣れとは凄いというか・・・たくましい・・・いいのだろうか

彼女に福島に帰るのではなくて、家族全員でどこか?他の地方にでも数ヶ月の間、避難したら?と、色々な自治体が被災者のために提供している公団や施設に入れてもらうのも可能か調べた方がいいと指摘した。どうも、家がある人々は今までどおりの普通の生活をすることで精一杯で、放射能汚染について、あまり気にかけていないようだ。
参考までに武田邦彦さんの最近のブログで福島について触れているので、こちらをクリック

福島市内の放射能汚染のレベルはなぜか?かなり高く、長く続くと、女性や子供にはかなり危険だと私は思っている。人々は土地の野菜を食べ続け、水を飲み続けているのだから、このままでいいのだろうか?避難勧告は今のところ20km圏内でしかないので、家は大丈夫だって、安心さえしている様子だ。しばらく汚染が落ち着くまで、数ヶ月でも別荘気分でどこかに逃げてもいいのでは?と思うのだが、近所の人も家族親戚も置いていけない、家があるのだから、家に居たいという家族・高齢者達の意見を尊重すると逃げるわけにはいかないって言うのだ。。。放射能に汚染されて命が縮まっても仕方ないね~。それも運命だね~みたいな・・・半ばあきらめの心境・・・としか思えない。
高齢者はいいとして、まだ20代の彼女の将来を考えると、私は1日の放射能レベルがこの位なら数日でこの位になって、1ヶ月になったら、もう限度を超えるんじゃないか?と説教じみた話をしたら。。。でも。。。みんなでどこにも行けないし

家を無くした被災者の方々は、他の土地に一時的にでも避難せざるを得ないから、土地を離れる決心もつくのだろうが、家がある人々は土地を離れたがらない。放射能汚染が一時的で止まるのなら、もちろん健康のレベルに影響はないだろうが、
こんなに長く続いていて、いっこうに事態が終息しないのだから・・・いつまで汚染され続けるのかわからないなら、一次的にでも避難した方がいいだろう。高濃度に汚染されているのに、避難地域外とされている人々には真実の情報開示をしないと、多くの人の今後の健康が心配です

ちなみに、ガソリン不足は被災地でも今だに深刻で、彼女は親戚がどこからか?ガソリンを持ってきてくれて、自家用車で茨城まで来て、そこから電車で東京に来たとのことだ。バスが出ているとのことだが、情報がよくわからないし、被災者で避難する人々でごった返しているのがバスらしい。いつまでも乗れそうもないので、ガソリンを分けてもらって、茨城まで出てきたとのこと・・・。東北自動車道がすいていても、物流が滞っているのは、いわき市と南相馬市を走る東北自動車道を通らないと福島には入れないので、入りたくないトラックが多いのだろう

避難民でない人にも情報の伝達、周知、ケアがそれぞれ必要なのだと思うが、皆は誰にも期待せず、自分で出来ることを確実に最大限にやっているのだと思った。明るく前向きに頑張っている様子だけど・・・東京より福島の方々の今ではなく、将来の放射能汚染の影響が心配です

風がいつも西にふきますように
