常念が見える部屋から

ここから北アルプス常念岳が眺望できます。
季節の移ろいに写真を添えて発信します。

父からの手紙 6

2008年06月10日 | 季節の便り
サルナシの花
川沿いの樹木にサルナシの蔓が絡まって果樹園の棚の様相である。
深山の珍しい植物と思っていたサルナシが、人家の間近に茂っていることに驚いた。見るほどにキーウィフルーツに似ている。



「それから伯母はまだ来ないらしいが、向こうも要二郎の方への気兼ねが多過ぎて居づらいだろうと考えるから、来なければ来ないで好い覚悟をきめなさい。
成程寒いうちこそ他人の所は辛い苦しいと思っても、幾分にても暖かになればそれは忘れてしまって、自分さえよければ他の為に骨を折ってやるなどという気は更にないのだから、家に来ればお前も多少楽にはなるが、しかし苦労も増えないわけではないから、一層来なければ来ないで宜しい。
それから、退去届はたしかに受け取った。しかし返電は着かなかったよ。
それからトランク代二十円返して呉れて有難う。
それに叔父にはこちらで、可野さんの奥さんから、苦力頭へ渡して呉れと預かった五十円を叔父が金がないと言っていたので叔父に融通してしまったから叔父からの借金は済んだよ。
尤も叔父は月末には千円ばかり這入るそうだからそれは返すし小遣ひ位少々寄越すと言っているが。」
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父からの手紙 5

2008年06月09日 | 季節の便り
梅雨に咲く花 野あやめ
山沿いの道の草むらに今年も咲いた、少し前までどこでも見られた花だけれど、最近目につきにくくなったように思う。


斎水(いつみ)は私の長姉である。当時13歳位だただろうか?

「実際一人でやっていた時分はすっかり疲れて、それに多忙で手紙を上げる間もなかった。
苦力等の食料の配給から薪の心配から現場の監督から夜は帳簿の整理明日の段取りをして組へ交渉して明日の作業に支障ないようにするなど寸暇もなかったのだから暫くご無沙汰してしまった。
しかし身体は健康でちっとも悪いと所はないから安心して貰いたい。ただ可野さん宅に居た頃余り沢山の唐辛子を汁の中へ入れて食べたせいかこちらに来てあまり骨を折ったので持病の痔疾が起こって二三日苦痛だったが今はもうすっかり快くなった。
この分ならば別に病気にもならずに過ごせるから安心して貰いたい。
それでは一寸今度の手紙の趣意に対してお答えします。
斉水の上級学校入学希望は高等女学校で結構私もそのつもりでいたから斎水によく言い聞かせて今からしっかり勉強するよう励ますように。
子供が幾人あろうと皆中等教育位は仕込んで子供たちの将来を安定させてやるつもりです。」
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父からの手紙

2008年06月08日 | 季節の便り
梅雨入りのころ 村の鎮守様


父は若い時からあまり健康に恵まれなかったようだ。
この時の慣れない仕事が、後年になっての父の健康に一層影を落としたように思われる。

「今ではもう本工事に着手して土面を平らにしています。二十一日に可野さんが苦力百一人四平街から連れてきましたが現在の苦力百二十人位を私一人で自由に使いまわしている。
彼等は余り仕事をする気はないが非常に従順である。昨日は腸チブスの予防注射を全苦力に一斉に行ったが、私が注射済証へ私の認印を捺して一々渡してやった。今朝はまた午前六時に経理部から点検に来たが別の文句も言われず健康な者百十六人を二列に並べてそれを一々経理部の役人が見てるき自分がその世話を一切やった。
私は苦力の信望を一身に集めていますからご安心ください。
浜さんも今では一所に居ますが一向振るいませんね。それから鮮人の大山というのが二十七日から来ました。今では世話役は三人です私もいくらか楽になりました」
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北窓から日が射す

2008年06月07日 | 季節の便り
6月の白い花 


伊勢名古屋で開催される行事に参加のため、一泊2日の行程でこれからバスに乗る。
梅雨の中休み、北窓から眩しい朝日が差し込んで、普段気付かない場所の床の埃が白く光る。

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父からの手紙 3

2008年06月06日 | 季節の便り
シラン

色褪せた便せんに万年筆でびっしりと書かれた父の手紙を読みながら、何一つ知らなかった事実を噛みしめた。
このことを口で語れる人は誰もいない、せめて私より当時の事情を覚えているであろう姉二人にあって、父の手紙に奥行きを求めたいと思った。


「手紙では詳しく書いていられぬから簡単にしておくが、このように自分一人にばかり苦労させて、浜さんが可野さん宅にぼんやりしているのを可野さんの奥さんは大変憤慨して浜さんとものも言わなかったという。
これは無理もないので、一体可野さんは初めから何も知らない私に苦力小屋を建てさせる気はなく、多少でも事情に明るい浜さんに頼んで置いて四平街へ立ったのです。
それを浜さんが役に立たなかったので私にお鉢が廻ってしまったのです。
実際大変苦労したよ。しかし今ではもう私が可野組の現場主任格で、組から何を持ち出すにも自分の認印がなければならず、私が一切切り回しています。
満語も多少出来るようになり仕事の方面もすっかり明るくなりこの二、三日漸く落ち着けるようになりました。」

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父の手紙 満洲から その2

2008年06月05日 | 季節の便り
ユキノシタ この花には玩具の趣がある


正確な年代は判らないけれど、当時父の年齢は35歳前後だと思われる。
満州に永住する積もりはなく短期的な出稼ぎという感覚だったようだ。

前に十三日に間島市の可野さん宅から第三信を出して翌日、苦力を連れて東盛湧へ来ることは知らしたと思うが、浜さんと二人で東盛湧へ来て苦力小屋を建てるわけですが、浜さんという人は気の弱い全然役に立たない問題にならない人で、その日の内に間島市に帰ってしまった。
それで私は西も東も解らない土地へ一人で放り出されて、只一人で何も知らない苦力小屋を建てなければならない破目になってしまった。
それも満語が更に出来ないので苦力達(十七人連れてきた)に話が通じず全く困り抜いた。
しかし私は遂々一棟五十人入れの小屋四棟と、すい事場三棟建て上げました。
材料は小屋を建てる場所から、小一里も離れている組というよりも軍の経理部の倉庫から運ぶのです。
荷馬車をやとえば訳はないのですが、土地の勝手がわからず言葉が通じないのでそれを頼む訳にもゆかず、全部苦力の肩で運ばせました。
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父の手紙(昭和18年 満州より)1

2008年06月04日 | 季節の便り
梅花うつぎ


昭和18年頃父は家族を残して満州に渡った。
そのころ満州で羽振りが良かった父の叔父に誘われたらしい。
私の六歳ころの出来事であるが詳しいことは何一つわからない。
幸いなことに父は体調を崩し一年ほどで内地に引き揚げた。
古い文箱から父が留守宅の母に寄せた手紙が一通だけ見つかった。

四月三十日発
十九日付けの御手紙本日落掌、多分昨日頃、間島市の可野さん宅へ着いたのを用事があって可野さん宅へ行った苦力達が、今朝私の居る東盛湧へもどってきて“あられ”の小包と共に渡して呉れました。
色々手数をかけて有難う。それで私は今日(二十九日)は午後一時に苦力達に仕事を云い付けておいて、一時半頃三里余り離れている間島市の可野さん宅へ山を越えて持って行きました。
勿論夕方は帰ってくるのですよ。しかし可野さんの奥さんは、ずい分離れていえる四平街という新京よりもっと南の方の町へ、そこへ可野さんが第二回目の苦力を連れに行っているのだが、その町へお金を持って行ってしまった後で、家には鍵がかかっていて、子供さんが近所の子供と遊んでいるばかり。
それで隣の家へ小包をよく頼んで預けてかへりました。
この両家は大変親しい間柄ですから心配はいりません。子供さんもこの家に預けて奥さんは発ったのです。
書くことが大変前後するが、十日発の御手紙は二十日に戴きました。あの頃は大変疲れていたが、お許の眞情溢れる手紙を読んで元気百倍非常に力付けられました。有難う。
それでは先にこちらの近況をお知らせしやう。
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入梅

2008年06月03日 | 季節の便り
山法師

昨年より20日も早い梅雨入りである。
山法師の白さが際立って見える。
山法師の咲く伊豆箱根に、兄弟旅行を企画してくれた義兄がいなくなって、2年が過ぎた。
都会育ちの義兄は、いつも新しい空気を信州の田舎に届けてくれた。
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北に向う飛行機

2008年06月02日 | 常念100景


常念の隣にそびえる横通岳の中腹に日が沈んだ。
落日はいつも厳かだ。
北に向かって伸びる飛行機雲も神々しく見える。
山の頂きに立って、白い煙を吐きながら毛虫のようにゆっくり進む汽車を見たことがあった。
昼夜を問わず、高い高い空を飛行機が幾筋も通ってゆく。
田舎の道を定期バスが埃を巻き上げて走った。
「定期バスが行ったから昼にしよう」
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憂鬱な6月

2008年06月01日 | 季節の便り
オオアマナ

憂鬱な6月の始まりを癒すように、日が射すとオオアマナは露をつけたままで一斉に目覚める。



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