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石牟礼道子が池澤夏樹=個人編集「日本文学全集」に

2014年07月15日 | 気になる本
今は文学全集や百科事典が売れる時代ではありませんが、時々、学校図書館から手に入る文学全集はないかと聞かれて、困ってしまうことがあります。
 
今でもまれに刊行されることはあるのですが、こうしたものが注文を受けたときに全巻揃うことは滅多になく、刊行直後でなければ大抵は歯抜けでしか入手できないからです。
 
そればかりか、青空文庫で主要な名作は無料で読むこともできる時代です。
新しく文学全集を刊行する勇気のある版元は、そうあるものではありません。
 
でも、無いと困るのです。
 
そんな現代に、とても意欲的な文学全集の企画が出ました。
 
河出書房新社から創業130周年記念企画として出された
池澤夏樹=個人編集 日本文学全集(全30巻)
です。
 
しかも、古典から現代までを網羅したもの。
誰もがいったい30巻にどうまとめるのかと思います。
 
そこが、池澤夏樹=個人編集とされたこの企画の真骨頂です。
こうした企画ができるのは、やはり河出書房新社さんか、筑摩書房さんとなるのでしょうね。

 
全30巻は、以下のような構成です。
 
1:古事記 池澤夏樹 訳■新訳   
 
2:口訳万葉集 折口信夫
百人一首 小池昌代 訳■新訳
新々百人一首 丸谷才一
 
3:竹取物語 森見登美彦 訳■新訳
伊勢物語 川上弘美 訳■新訳
堤中納言物語 中島京子 訳■新訳
土佐日記 堀江敏幸 訳■新訳
更級日記 江國香織 訳■新訳
 
4:源氏物語 上 角田光代 訳■新訳
5:源氏物語 中 角田光代 訳■新訳
6:源氏物語 下 角田光代 訳■新訳
 
7:枕草子 酒井順子 訳■新訳
方丈記 高橋源一郎 訳■新訳
徒然草 内田樹 訳■新訳
 
8:今昔物語 福永武彦 訳
宇治拾遺物語 町田康 訳■新訳
発心集・日本霊異記 伊藤比呂美 訳■新訳
 
9:平家物語 古川日出男 訳■新訳
 
10:能・狂言 岡田利規 訳■新訳
説経節 伊藤比呂美 訳■新訳
曾根崎心中 いとうせいこう 訳■新訳
女殺油地獄 桜庭一樹 訳■新訳
仮名手本忠臣蔵 松井今朝子 訳■新訳
菅原伝授手習鑑 三浦しをん 訳■新訳
義経千本桜 いしいしんじ 訳■新訳
 
11:好色一代男 島田雅彦 訳■新訳
雨月物語 円城塔 訳■新訳
通言総籬 いとうせいこう 訳■新訳
春色梅児誉美 島本理生 訳■新訳
 
12:松尾芭蕉 おくのほそ道 松浦寿輝 選・訳■新訳
与謝蕪村 辻原登 選■新釈
小林一茶 長谷川櫂 選■新釈
とくとく歌仙 丸谷才一 他
 
13:夏目漱石 三四郎
森�貎外 青年
樋口一葉 たけくらべ 川上未映子 訳■新訳
 
14: 南方熊楠 神社合祀に関する意見
柳田國男 根の国の話 他
折口信夫 死者の書 他
宮本常一 土佐源氏 他
 
15:谷崎潤一郎 乱菊物語、吉野葛 他
 
16:宮沢賢治 疾中、ポラーノの広場 他
中島敦 悟浄出世・悟浄歎異 他
 
17:堀辰雄 かげろうの日記 他
福永武彦 深淵 廃市 他
中村真一郎 雲のゆき来 
 
18:大岡昇平 武蔵野夫人 捉まるまで 他
 
19: 石川淳 紫苑物語 他
辻邦生 安土往還記
丸谷才一 横しぐれ 他
 
20:吉田健一 文学の楽しみ ヨオロツパの世紀末 他
 
21:日野啓三 向う側 他
開高健 輝ける闇 他 
 
22:大江健三郎 人生の親戚 狩猟で暮したわれらの先祖 他
 
23:中上健次 鳳仙花 半蔵の鳥 他
 
24:石牟礼道子 椿の海の記 水はみどろの宮 他
 
25:須賀敦子  コルシア書店の仲間たち 他
 
26:近現代作家集 Ⅰ
27:近現代作家集 Ⅱ
28:近現代作家集 Ⅲ
 
29:近現代詩歌
 詩 池澤夏樹 選■新釈
 短歌 穂村弘 選■新釈
 俳句 小澤實 選■新釈
 
30:日本語のために 
おもろさうし マタイ伝 日本国憲法前文 他
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体裁=四六寸伸判/上製カバー装/各巻平均500頁/挟み込み月報付 ●装幀=佐々木暁
 
 
古典文学のあたりは、そう違和感はない構成になっていますが、
14巻が、熊楠、柳田國男、折口信夫、宮本常一といった民俗学が文学全集のなかに入ってます。
民俗学者でありながら、それぞれの文章が文学的価値も十分あるのもわかりますが、文学史を考えるうえで、民俗学が占める位置が無視出来ないもの道理です。
 
そこから下って、17巻に堀辰雄、福永武彦、中村真一郎が出るあたりから、池澤夏樹ならではのカラーを感じます。
 
18巻大岡昇平や19巻石川淳、21巻開高健、22巻大江健三郎は異論はないでしょうが、
辻邦生、日野啓三、23巻中上健次、20巻に吉田健一が入っているのも、
現代の文学を語るには不可欠の顔ぶれを位置づけたこと、とても評価されるべきだと思います。
 
これらの作家が市場性は低くても、こうした位置づけがされるだけで、市場性に流されがちな様々な文学賞の選定に少しでも影響があることが期待されます。
 
 
そしてこの企画で私が何よりも感心したのは、女性作家として石牟礼道子と須賀敦子の二人をあげていることです。
 
ここが一番シビレました。
 
 
この写真の『苦海浄土』はこの日本文学全集ではなく、私の今持っている本なのですが、全3部の構成のうち第3部をまだ読んでいません。それが全3部をこの文学全集の第24巻で通読できるようです。
 
フィクションとして歴史をどう表現し語るか、日本人の心の有り様やその詩的表現の美しさにおいて、石牟礼道子という作家の表現域は突出した存在であると思います。
 
それが水俣病という重い社会問題がかぶさるために、えてして政治的闘いの面から評価されがちですが、その後のあらゆる日本の社会問題を考えるうえでの根底の姿を表現した作家として、今後ますます論議を呼び再評価されていくと思います。
 
 
そうした歴史を語るために、文学を語るために、また日本を語るために不可欠な作家、作品を30巻にまとめた池澤夏樹の視点が、今の出版市場のなかでただの新しい文学全集の刊行ではないと少しでも伝わることを願わずにはいられません。
 
端的に言えば、文学の手法を語るためではなく、日本を語るために不可欠な文学全集といった感じです。
 
それはあたかも、石牟礼道子が『苦界浄土』のなかで、九州の田舎から遠く東京にまで出てきた水俣病原告団が、日本と言う国はいったいどこにあるのだろうかと都会の路上で途方にくれる姿に象徴されるような、長い旅路の歴史のようなものです。
 
 
この企画がどれだけ売れるか、心配なところもありますが、
文学というものが、どのような力を持っているのかを現代に問う企画としては、拍手喝采の文学全集です。
 
是非、この全巻の構成を目に焼き付けてください。
 
 
*お詫びと訂正
  この記事を書いたときは、池澤夏樹=個人編集 世界文学全集のなかの石牟礼道子と
  池澤夏樹=個人編集 日本文学全集のなかの石牟礼道子を混同していました。
  石牟礼道子を評価する趣旨に変わりはありませんが、誤解した表現をお詫びいたします。
 
 
 
このことでさらに驚いたのですが、この池澤夏樹責任編集の世界文学全集では、日本人作家は唯一、石牟礼道子のみがとりあげられているのです。
 
 
池澤夏樹ならではの視点が強いにしても、それだけの価値がまぎれもないものであることは間違いないことと想います。
 
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