先日、神社の鳥居について書かせていただきましたが、皆さんからの反響が大変大きかった(2名程)ので、今日は小泉首相のこともありますので(関係ないか)参拝の作法について述べさせていただきます。やはり瓜生中さんの書かれた「古寺社巡りの楽しみ」(KKベストセラーズ)で教えていただきました。
まず神社へ行ったら、手水舎で手と口を清める。軽く一礼してから右手に持ったひしゃくで左手を流し、今度は左手のひしゃくで右手を洗う。左手で持ったひしゃくで左手を洗うとは書いてない。そんなことしていると服が水浸しになるからだ。
再びひしゃくを右手に持ち替え、左手で水を受け、その水で口をすすぐ。直接ひしゃくに口を付けてはならない。みんながそうするとバッチイからだ。(すすいだ水は飲まないように)。冒頭からややこしいが、やっていることは、そう難しいことではない。
朔日恵比須の日には諏訪神社の拝殿にあがらせていただいているが、拝殿内は神聖な場所なので私語は慎みたい(ススム会長とオイラにも思い当たる節がある)。まず、神職のお払いを大弊(おおぬき)で受ける。平身低頭の姿勢で頭上を払っていただき、穢(けが)れた身を清めるのである。
次に祝詞奏上(のりとそうじょう)が始まる。神主さんよ、もっとはっきり申せ、などと考えてはならない。祝詞は神の発する言葉で、必ず実現するという霊力を備えているありがたいお言葉だ。この時も、手を八の字につけ、床に頭を付けて神への畏敬の念をあらわす姿勢をとる(そう、いつもオイラがおかぁんにやっている姿勢だ)。
祝詞が終わると玉串奉奠(たまぐしほうてん)に移る。玉串は神への供え物で、人間世界では賄賂に当たる(ウソ)。神職から受けた玉串を右が根元になるように持ち、神前に進み、ささげる姿勢で一礼する。次に玉串を右に半回転させ根元が神前に向くようにして案(机)に置く。叩きつけるようにして置き、大声で笑ってはいけない(キチガイか)。
そして、二拝二拍手一拝する。二回深くお辞儀をし、拍手(かしわで)を二回打ち、仕上げに一回お辞儀する。垂直に立つ下半身は火の気(陽)、頭を下げて直角に倒した上半身は流れる水(陰)をあらわし、陰陽のバランスが神前での理想の姿勢とされている(体操選手のように頭をつま先までつける必要はない)。
両手は胸のところで合わせ、右手を左手より一関節ぐらい引きおろして打つ。左は陽(霊)、右は陰(体)で体が霊を敬うことを意味する。拍手の音は天岩戸を開く音霊(おとだま)だそうで、この音で天地が開き光明が溢れるということだ(どうりで拝殿内は照明が十分でないわけだ)。
諏訪神社の生川宮司が話してみえたが、伊勢神宮では「八開手(やひらで)」といって八拝八拍手だそうだ。宮中でもそうしている。今、百拝百拍手の神社を探している。夜が更けても参拝が終わらないかもしれない。
いまだに見当たらない。
追伸
諏訪神社に参拝させていただいて、かなりになるので、そろそろ街の活性化の夢が実現されてもいい頃だと、ひそかに楽しみにしている。
まず神社へ行ったら、手水舎で手と口を清める。軽く一礼してから右手に持ったひしゃくで左手を流し、今度は左手のひしゃくで右手を洗う。左手で持ったひしゃくで左手を洗うとは書いてない。そんなことしていると服が水浸しになるからだ。
再びひしゃくを右手に持ち替え、左手で水を受け、その水で口をすすぐ。直接ひしゃくに口を付けてはならない。みんながそうするとバッチイからだ。(すすいだ水は飲まないように)。冒頭からややこしいが、やっていることは、そう難しいことではない。
朔日恵比須の日には諏訪神社の拝殿にあがらせていただいているが、拝殿内は神聖な場所なので私語は慎みたい(ススム会長とオイラにも思い当たる節がある)。まず、神職のお払いを大弊(おおぬき)で受ける。平身低頭の姿勢で頭上を払っていただき、穢(けが)れた身を清めるのである。
次に祝詞奏上(のりとそうじょう)が始まる。神主さんよ、もっとはっきり申せ、などと考えてはならない。祝詞は神の発する言葉で、必ず実現するという霊力を備えているありがたいお言葉だ。この時も、手を八の字につけ、床に頭を付けて神への畏敬の念をあらわす姿勢をとる(そう、いつもオイラがおかぁんにやっている姿勢だ)。
祝詞が終わると玉串奉奠(たまぐしほうてん)に移る。玉串は神への供え物で、人間世界では賄賂に当たる(ウソ)。神職から受けた玉串を右が根元になるように持ち、神前に進み、ささげる姿勢で一礼する。次に玉串を右に半回転させ根元が神前に向くようにして案(机)に置く。叩きつけるようにして置き、大声で笑ってはいけない(キチガイか)。
そして、二拝二拍手一拝する。二回深くお辞儀をし、拍手(かしわで)を二回打ち、仕上げに一回お辞儀する。垂直に立つ下半身は火の気(陽)、頭を下げて直角に倒した上半身は流れる水(陰)をあらわし、陰陽のバランスが神前での理想の姿勢とされている(体操選手のように頭をつま先までつける必要はない)。
両手は胸のところで合わせ、右手を左手より一関節ぐらい引きおろして打つ。左は陽(霊)、右は陰(体)で体が霊を敬うことを意味する。拍手の音は天岩戸を開く音霊(おとだま)だそうで、この音で天地が開き光明が溢れるということだ(どうりで拝殿内は照明が十分でないわけだ)。
諏訪神社の生川宮司が話してみえたが、伊勢神宮では「八開手(やひらで)」といって八拝八拍手だそうだ。宮中でもそうしている。今、百拝百拍手の神社を探している。夜が更けても参拝が終わらないかもしれない。
いまだに見当たらない。
追伸
諏訪神社に参拝させていただいて、かなりになるので、そろそろ街の活性化の夢が実現されてもいい頃だと、ひそかに楽しみにしている。
