1988年4月10日、岡山県と香川県を結ぶ「瀬戸大橋」が開通し、四国が本州と「陸続き」になった。この機会に「山陰・瀬戸内・四国横断の旅」を構想したのが宮脇俊三。
<まず松江を朝7時頃に発車する特急「やくも」岡山行きに乗る。列車は左窓に大山を望みながら中国山地へと分け入って行く。
四月の山陰地方は、まだ春が浅い。冬雲が空を被(おお)っているかもしれない。
重厚で、やや陰気なつくりの民家を眺めているうちに鳥取、岡山の県境の谷田峠(たんだだわ)をトンネルで抜ける。
とたんに窓外の景観が一変する。明るい陽光が降りそそぎ、眩(まぶ)しいほどだ。民家も開放的な構造に変わる。陰陽の気象のちがいを、これほど短時間に明快に見せてくれる路線は少ない。
列車は高梁川(たかはしがわ)に沿って岡山へと快走するが、急ぐことはないので、9時半頃に着く総社で下車し、吉備線の鈍行列車に乗りかえて、岡山に向かうことにしよう。
吉備は古代からの史跡に富んだところで、造山(つくりやま)古墳、国分寺、吉備津神社、吉備津彦神社、秀吉の水攻めの高松城跡など、見るべきものが被い。そして、なによりも、のどかな吉備路を散策する気持のよさ。春爛漫の四月は最良の季節である。
好みの史跡を二、三選んでタクシーと吉備線の併用で回り、12時半頃に岡山に着く。
さて、いよいよ四国へ向かうのだが、岡山発13時00分発の高知行特急「南風3号」に乗るのがよいだろう。(中略)
13時25分頃、瀬戸大橋にかかる。島づたいに吊橋(つりばし)、斜張橋(しゃちょうきょう)、高架橋をつらねたもので、めまぐるしく瀬戸内海を眺めるうちに、たちまち四国に進入する。
琴平から四国山脈を越えると、眼下に吉野川を見下ろす。この眺望は日本の鉄道の車窓の白眉である。
14時40分頃にに阿波池田に着き、ホームのスタンドで色の黒い「祖谷渓(いやだに)そば」を食べてから徳島本線に乗りかえる。線名は「本線」だが、JRの分類では「地方交通線」つまりローカル線で、吉野川に沿って、のんびりと徳島へ向かう。
徳島からは四国の東海岸を南下する牟岐(むぎ)線に乗る。沿線は亜熱帯植物が色濃く茂り、南国情緒をかもしだしている。朝に山陰を発し、途中下車や回り道をして、夕べには南国に至る。瀬戸大橋のおかげで、こんな旅が可能になった。
牟岐線の途中で日が暮れてしまうのが、ちょっと残念だから、阿波池田を回らずに高松経由とするほうがよいかもしれない。これなら1時間半ぐらい短縮できる。
宿泊地は日和佐(ひわさ)がよい。海の幸が豊富な漁港だ。夏ならば海辺でウミガメの産卵を見ることもできる。>
□宮脇俊三『旅は自由席』(新潮社、1991/新潮文庫、1995)の「山陰・瀬戸内・四国横断の旅」
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