語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】ソ連官僚の鉄のモラル   ~官僚の掟(4)~

2019年03月03日 | ●佐藤優
 官僚社会では、身分保障がしっかりしています。ぬるま湯で、コップの中の嵐はしょっちゅうあるけれど、総じて守られている世界です。あのソ連が1991年に崩壊するまで持ちこたえられたのもまさに官僚制によって支えられていたからです。どういうことかというと、ソ連の官僚はモラルが高くて、あの共産主義体制を実現することが、人生の目的だと本気で考えている人が多かったのです。それだから、給与はぜんぜん上がらなくても、出世できなくても、「エリートというものは人民や社会のために働かないといけない」と鉄のようなモラルがあり、それが強かったのです。その意味においては、聖書の中の「使徒言行録」20章35節にある「受けるより与える方が幸いである」というイエスの言葉をまさに地で行く人たちが多かった。言い方を変えれば、共産主義というのは、世俗化された形でのキリスト教だったのです。
 遠藤周作が『沈黙』で描いてみせたように、江戸時代の鎖国という状況の中でも殉教を恐れずやって来たカトリック教会の宣教師たちと同じだけのモラルがあったと言えます。私がつきあったソ連の官僚も、とくに選び抜かれたエリートたちは、滅私奉公型の人たちが多かったと思います。深夜の1時、2時まで仕事をするのは普通のことだと考えていたし、それでも文句一つ言わずに働いていました。
 だからこそ、ソビエトという体制が破綻してボロボロになっても、崩壊する寸前まで、あの国はもっていたのです。「この体制の中で何とかしないといけない」と必死に考えながら、しかし、エリート官僚たちにも「大局」は見えなかったわけです。この体制にはもう発展可能性がない、ということが見えずに、なんとかこの中で生き残ろうという弥縫策をいろいろ考えていたのです。

□佐藤優『官僚の掟 競争なき「特権階級」の実態』 (朝日新書、2018)の「第1章 こんなに統治しやすい国はない」の「ソ連官僚の鉄のモラル」から引用

 【参考】
【佐藤優】競争の土俵に上がらない  ~官僚の掟(3)~
【佐藤優】自殺の大蔵、汚職の通産、不倫の外務 ~官僚の掟(2)~
【佐藤優】『官僚の掟』の目次