(1)国際法上、国家は次の2要件を満たさねばならぬ。
(a)国家がその全領域を実効支配している。
(b)当該国家が国際法を順守する意思を有する。
イラクのヌーリ・マリキ政権は、(b)は満たしているが、(a)は達成できていない。マリキ政権は、客観的に見れば、国家としての要件を備えていない。
イラクは、宗教、民族、部族の対立を克服できず、単一の統一機構が存在しない「破綻国家」だ。
かかるイラク現政権が国連への加盟を認められ、国際社会で国家として認められている理由はただ一つ、米国がマリキ首相を強く支持しているからだ。
(2)ヌーリ・マリキは、イスラム教シーア派(12イマーム派)に属する。
マリキ政権下、スンニー派イラク人【注1】とクルド人【注2】は、差別されている。
(3)12イマーム派はイランの国教だ。
宗教が同じなので、マリキ政権はイランの支持も得ている。
米国とイランは敵対している。外交関係もない。
マリキ政権はしかし、米国とイランの双方と良好な関係を維持している。
(4)6月3日、シリアで大統領選挙が行われ、バッシャール・アサド大統領が再選された。
その結果、首都ダマスカスから、アサド大統領の出身地=シリア北西部にかけては現政権が実効支配していることが可視化された。
しかし、シリアとイラクの国境地帯にアサド政権の実効支配は及んでいない。かつ、当該地域のイラク側は、マリキ政権の統治が及んでいない無法地帯になっている。
かかる状況に目をつけたのが、イラクとシリアのイスラム国(ISIS)だ。
シリアの大統領選後、ISISはイラクに攻勢をかけている。彼らの目的は、
・イラクの油田地帯の一部を占領し、
・財源を確保した上で、
・イスラム革命を世界的規模で実現する拠点国家を建設することだ。
(5)6月14日、米国は、空母、巡洋艦、駆逐艦をイラク近海に派遣した。しかし、軍事攻撃は躊躇している。
ISISはスンニー派に属している。米軍が無人機やミサイルでISISを攻撃すると、スンニー派イラク人が強い反感を米国とマリキ政権に対して抱くようになり、同政権が弱体化し、イラクをまったく統治できなくなる可能性がある。それを米国は恐れている。
そもそも、テロリストの掃討は地上軍を派遣しなくては不可能だ。現時点でオバマ・米国大統領は、地上戦に踏み切るつもりは全くない。
(6)ISISが油田地帯を確保することを、米国はいかなる対価を支払ってでも阻止するつもりだ。
このとき、日本に国際貢献が求められる。
安倍政権は、憲法解釈を変更することによって、集団的自衛権を行使できるようにしたい、と考えている。
自民党の政治家たちは、事態を甘く見ている。彼らは腹の中では「近未来に日本が集団自衛権を行使して、自衛隊を海外に派遣する可能性はない」と考えている。
だが、SISが油田地帯を含むイラクの一定地域を支配するような事態を防ぐために、近未来に、米国が日本に軍事貢献を求める可能性が、大いにある。
【注1】アラブ人。
【注2】非アラブ人で、イラク、イラン、トルコにまたがって住む。近年クルド民族意識を強めている。
□佐藤優「近未来、日本が「軍事貢献」を要求される日 ~佐藤優の人間観察 第73回~」(「週刊現代」2014年7月12日号)
↓クリック、プリーズ。↓

【参考】
「【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~」
「【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ」
「【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 」
「【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 」
「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~」
「【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 」
「【佐藤優】独裁者の「再選」が放置される理由 ~バッシャール・アル=アサド~」
「【佐藤優】経済と政治を行き来する新大統領の過去 ~ペトロ・ポロシェンコ~」
「【佐藤優】安倍首相とイスラエル首相「声明」の意味 ~ベンヤミン・ネタニヤフ~」
「【佐藤優】ロシアが送り込んだ「曲者」の正体 ~ウラジーミル・ルキン~」
「【佐藤優】ロシアは日本をどう見ているか ~日本外相の訪露延期~」
「【佐藤優】ウクライナ衝突の「伏線」 ~オレクサンドル・トゥルチノフ~」
「【ウクライナ】危機の深層(2) ~ブラック経済~」
「【ウクライナ】危機の深層(1) ~天然ガス~」
「【ウクライナ】エネルギー・集団的自衛権・尖閣問題 ~日本外交のジレンマ(3)~」
「【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~」
「【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~」
「【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」」
「【佐藤優】プーチン政権がついに発した「シグナル」の意味 ~ロシア外交~」
「【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~」
「【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~」
「【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~」
「【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~」
「【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~」
「【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~」
「【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~」
「【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア」
「【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~」
(a)国家がその全領域を実効支配している。
(b)当該国家が国際法を順守する意思を有する。
イラクのヌーリ・マリキ政権は、(b)は満たしているが、(a)は達成できていない。マリキ政権は、客観的に見れば、国家としての要件を備えていない。
イラクは、宗教、民族、部族の対立を克服できず、単一の統一機構が存在しない「破綻国家」だ。
かかるイラク現政権が国連への加盟を認められ、国際社会で国家として認められている理由はただ一つ、米国がマリキ首相を強く支持しているからだ。
(2)ヌーリ・マリキは、イスラム教シーア派(12イマーム派)に属する。
マリキ政権下、スンニー派イラク人【注1】とクルド人【注2】は、差別されている。
(3)12イマーム派はイランの国教だ。
宗教が同じなので、マリキ政権はイランの支持も得ている。
米国とイランは敵対している。外交関係もない。
マリキ政権はしかし、米国とイランの双方と良好な関係を維持している。
(4)6月3日、シリアで大統領選挙が行われ、バッシャール・アサド大統領が再選された。
その結果、首都ダマスカスから、アサド大統領の出身地=シリア北西部にかけては現政権が実効支配していることが可視化された。
しかし、シリアとイラクの国境地帯にアサド政権の実効支配は及んでいない。かつ、当該地域のイラク側は、マリキ政権の統治が及んでいない無法地帯になっている。
かかる状況に目をつけたのが、イラクとシリアのイスラム国(ISIS)だ。
シリアの大統領選後、ISISはイラクに攻勢をかけている。彼らの目的は、
・イラクの油田地帯の一部を占領し、
・財源を確保した上で、
・イスラム革命を世界的規模で実現する拠点国家を建設することだ。
(5)6月14日、米国は、空母、巡洋艦、駆逐艦をイラク近海に派遣した。しかし、軍事攻撃は躊躇している。
ISISはスンニー派に属している。米軍が無人機やミサイルでISISを攻撃すると、スンニー派イラク人が強い反感を米国とマリキ政権に対して抱くようになり、同政権が弱体化し、イラクをまったく統治できなくなる可能性がある。それを米国は恐れている。
そもそも、テロリストの掃討は地上軍を派遣しなくては不可能だ。現時点でオバマ・米国大統領は、地上戦に踏み切るつもりは全くない。
(6)ISISが油田地帯を確保することを、米国はいかなる対価を支払ってでも阻止するつもりだ。
このとき、日本に国際貢献が求められる。
安倍政権は、憲法解釈を変更することによって、集団的自衛権を行使できるようにしたい、と考えている。
自民党の政治家たちは、事態を甘く見ている。彼らは腹の中では「近未来に日本が集団自衛権を行使して、自衛隊を海外に派遣する可能性はない」と考えている。
だが、SISが油田地帯を含むイラクの一定地域を支配するような事態を防ぐために、近未来に、米国が日本に軍事貢献を求める可能性が、大いにある。
【注1】アラブ人。
【注2】非アラブ人で、イラク、イラン、トルコにまたがって住む。近年クルド民族意識を強めている。
□佐藤優「近未来、日本が「軍事貢献」を要求される日 ~佐藤優の人間観察 第73回~」(「週刊現代」2014年7月12日号)
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【参考】
「【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~」
「【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ」
「【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 」
「【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 」
「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~」
「【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 」
「【佐藤優】独裁者の「再選」が放置される理由 ~バッシャール・アル=アサド~」
「【佐藤優】経済と政治を行き来する新大統領の過去 ~ペトロ・ポロシェンコ~」
「【佐藤優】安倍首相とイスラエル首相「声明」の意味 ~ベンヤミン・ネタニヤフ~」
「【佐藤優】ロシアが送り込んだ「曲者」の正体 ~ウラジーミル・ルキン~」
「【佐藤優】ロシアは日本をどう見ているか ~日本外相の訪露延期~」
「【佐藤優】ウクライナ衝突の「伏線」 ~オレクサンドル・トゥルチノフ~」
「【ウクライナ】危機の深層(2) ~ブラック経済~」
「【ウクライナ】危機の深層(1) ~天然ガス~」
「【ウクライナ】エネルギー・集団的自衛権・尖閣問題 ~日本外交のジレンマ(3)~」
「【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~」
「【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~」
「【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」」
「【佐藤優】プーチン政権がついに発した「シグナル」の意味 ~ロシア外交~」
「【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~」
「【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~」
「【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~」
「【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~」
「【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~」
「【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~」
「【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~」
「【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア」
「【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~」