語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【映画談義】『カラスの飼育』

2010年07月02日 | □映画
 たんなる観客、タダの大衆が映画について語るのことができるのは、ストーリーか、科白か、俳優のいずれかである。
 まず、ストーリーについて語ろう。

 舞台はマドリード、その中心部にある中規模の屋敷。
 主人公アナは9歳。姉妹に11歳の姉イレネ、5歳の妹マイテがいる。父は軍人、母は元ピアニスト、祖母は四肢が不自由でしかも失語症(脳血管障害の後遺症か)。
 父に顧みられない母は、不遇のまま数年前に亡くなり、代わって叔母が一家をみている。叔母は慣れぬ役目に苛立つ。幸い、昔から忠実につとめる女中ロザが家事を上手に切り盛りし、子どもたちもなついている。
 こうした人間関係のうちに日常的な営みが進行し、これにアナの幻想と回想とが随所に挿入される。
 9歳の少女にも過去があるのだ。暖かく自分を慈しんでくれた生前の母、父の不倫。茂みの中の他人の妻と情事にふける父親を目撃して眼をみはるアナ。その見開いた眼が印象的だ。
 父の裏切りは、母の不幸を招いた。その記憶ゆえに、頓死した父の葬式で棺の中の父に口づけしない。
 幼いがゆえに強情である。情熱は、暗いものだ。ラテン民族の血は激しい。
 姉妹と隠れん坊する回想の一シーンでは、鬼のアナは見つけた姉妹に「死ね!」と叫ぶ。これがスペインふうの隠れん坊らしいが、「死ね!」の叫びの何と激しいことか。
 重曹を毒薬と誤って信じたアナは、「死にたい」と意思表示する祖母に重曹を持参する。祖母はかすかに笑って首をふるが、死を望む者に、愛情からだとはいえ(自分が信じるところの)毒薬を渡そうとするその無邪気さが怖い。
 叔母の姦通シーンを目撃し、目撃された叔母が後でアナに辛くあたると、重曹をミルクに入れて叔母にさしだす。翌朝、叔母は何ごともなく子ども部屋を訪れる。その叔母を硬直したようにジッと見つめるアナの大きな眼。

 科白は少なく、行動によって人物の、ことにアナの心理の微妙なあやを浮き彫りにする。言葉数の少ない子どもゆにえ、ことに効果的な撮影法だ。

 カルロス・サウラ監督、アナ・トレント、ジェラルディン・チャップリン出演。
 アナは、7歳で主演したビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』(1973)で、フランケンシュタインの怪物の存在を信じる無垢な少女を演じて絶賛された。
 ナタリー・ポルトマンとスカーレット・ヨハンソンが豪華共演する『ブーリン家の姉妹』(英、2008)では、ヘンリー8世の最初の妻、キャサリン・オブ・アラゴンを演じ、気品、権威、剛い意志をみせていた。さすがだ。

□『カラスの飼育』(西、1975)
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