古い倉庫を始末し、新しく設置した際、古い倉庫から出てきた本の一。
幻想小説ばかり5編を集めた短編集。
たとえば「変身」は、オルゴールに魅せられて殺人を犯した精神発達遅滞の男が、神の恩寵により死刑当日に赤子となる。
あるいは「サビーヌたち」は、無数に分裂した女が多様な人生を同時に生きる。
「死んでいる時間」は、二日に一日しか生きていない男の悲劇。
いずれも現実にはありえない話だが、世間噺をするかのようなさりげない語り口にのせられているうちに、読者はいとも自然に架空の世界の扉をくぐり抜けてしまう。
その架空の世界、小説の中では登場人物は、あくまでも真面目、論理的、日常的なのだ。
架空の世界の日常性に違和感を感じなくなり、登場人物に共感できたら、幻想はすでに現実となっている。
主人公は、いずれも冴えない。自在に壁を通過する能力を獲得した「壁抜け男」さえ、一時は神出鬼没のアルセーヌ・ルパン的超人ぶりを発揮するが、やっぱり冴えない結果に終わる。
幸福は束の間は訪れてくれる。だが、永遠には続かない。よって、どの作品の結末にもペーソスが漂う。
訳者あとがきによれば、エイメは新聞記者をはじめとする雑多な職業に就き、辛酸を舐めた。シャルル・ペローに傾倒した。こうした経歴がこれら短編にも反映しているらしい。
□マルセル・エイメ(長島良三・訳)『壁抜け男』(角川文庫、2001)
↓クリック、プリーズ。↓