(1)不思議の国、グルジア【佐藤優】
グルジア人には国家意識が余りない。西部のメグレリア痴呆と、かつてイベリア王国を名乗っていた中央部は、言葉も違う。さらにアバハジアがあり、グルジア人だがイスラム教徒の、アジャール人もいる。オセアチア人も抱えている。
国歌として確乎たる統一感がない。にもかかわらず、スターリンの出身地という関係で、軍産複合体などの工業を強化した。それが完全に裏目に出た。
裏目に出た結果、いまは国民の8割が農業に従事している。世界的にみても農業化が急速に発展した珍しい事例となっている。そういう形で土地との結びつきが強いから、ディアスポラ(離散)がない。みんなで自給自足経済のような生活をして、結構うまくやっている。
グルジアで最高にユニークなのは言語だ。世界のほとんどの言語には主語と述語があり、それによって主格と対格が決まる。しかし、世界にはごく少数だけ、主格・対格構造をとらない言語がある。能格・絶対格構造というが、グルジア語もその一つだ。バスク語もそうだ。動詞のパラダイムが作れない。
グルジア語では、「行く」「食べる」という動詞は、15,00通りぐらい変化する。グルジア語の仲間のアディゲー語では、一つの動詞が20億通りぐらい変化する。なぜそうなったのか。現在唱えられている仮説によれば、かつて原人類のようなものがいて、彼らはバスク地方やコーカサス地方の山中に追われていった。そこに閉じこもって独自の暮らしを続けた。ために、かつての言語体系を残している・・・・ということだ。
ヴィトゲンシュタインいわく、言語の相違は思想の相違につながる。15,00通りぐらい動詞が変化する人々の感覚は、そうでない我々の感覚と絶対に違うはずだ。
チェチェン語も、このカテゴリーの言語だ。だから、彼らの物事の受け止め方、発想は、たぶん違う。
では、グルジア人は何を自分たちのナショナル・アイデンティティにしているのか。領土的には、イラクリ3世がいまの版図に近いところまで拡大した。そのときのイメージで、辛うじて持っている。あとは、グルジア文字という独特な文字を含めて、やはり言語だろう。
普通に農業をやれている分には、民族などについて余り考えないですむ。自分たちの村がうまくいっていればいい、という発想だ。ただし、そこへ遅れてきた民族主義を植えつけようとする人たちが、時々出てくる。その一人がいまのサアカシビリ大統領だ。グルジアの土地は純粋にグルジア人だけで統治するべきだ、他の連中から参政権も経済的な利権も全部奪ってよい・・・・これがサアカシビリの基本的な発想だ。この発想は、シュワルナゼの前のガムサフルディアと一緒だ。
(2)言語の統一は思想の共通化へ【宮崎正弘】
中国の言語空間は、中国語だけでも4つの巨大な体系がある。北京語、福建語、上海語、広東語だ。それぞれ地方の方言がある。テレビが普及するまで、中国人同士、出身地が違うと会話が成立しなかった。ましてや、漢族以外の民族の言葉は、漢族にわかるはずはない。ウィグル語はトルコ系だ。チベット語の源流は梵語。モンゴル語も漢語とはまったく体系が異なる。文字は、モンゴルとチベットは酷似していて、アラブ文字とペルシア文字の差ぐらいしかない。
それを北京語で統一した。強引ともいえる漢族同化政策だ。教育現場を漢族が独占して支配した。ラジオ、テレビを完全に管轄下に置いたからなし得た。
湖南省北部にトン族という独自の言葉をもつ少数民族は、若者は伝統的な自分たち部族の言葉が喋れない。08年に湖南省を一周したときのガイドは、トン族の若者で、完璧な北京語だった。村の長老しかトン族の言葉はわからなくなっている、と嘆いていた。
雲南省のトンパ族も、文字は観光資源の展示用のみ。いまでは、トンパ文字を読み解ける学者は、ロンドン大英博物館の研究員と日本のトンパ文字研究家のみだ。
満州人は、中国全土に1千万人分散しているが、満州語に至っては、旧満州ですら数十人も喋れない。
だから、ウィトゲンシュタインの言うように「言語の相違は思想の相違につながる」のであるとすれば、北京語による言語の統一は、中華思想の普遍化につながる。中国の狂信的中華思想の普遍化は、北京語の統一によって半ば成し遂げられたことになる。
□佐藤優『猛毒国家に囲まれた日本 ロシア・中国・北朝鮮 』(海竜社、2010)/共著:宮崎正弘
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【参考】
「【佐藤優】&宮崎正弘 猛毒国家、北朝鮮」
「【佐藤優】&宮崎正弘 猛毒国家、中国 ~中国の権力闘争と将来像~」
グルジア人には国家意識が余りない。西部のメグレリア痴呆と、かつてイベリア王国を名乗っていた中央部は、言葉も違う。さらにアバハジアがあり、グルジア人だがイスラム教徒の、アジャール人もいる。オセアチア人も抱えている。
国歌として確乎たる統一感がない。にもかかわらず、スターリンの出身地という関係で、軍産複合体などの工業を強化した。それが完全に裏目に出た。
裏目に出た結果、いまは国民の8割が農業に従事している。世界的にみても農業化が急速に発展した珍しい事例となっている。そういう形で土地との結びつきが強いから、ディアスポラ(離散)がない。みんなで自給自足経済のような生活をして、結構うまくやっている。
グルジアで最高にユニークなのは言語だ。世界のほとんどの言語には主語と述語があり、それによって主格と対格が決まる。しかし、世界にはごく少数だけ、主格・対格構造をとらない言語がある。能格・絶対格構造というが、グルジア語もその一つだ。バスク語もそうだ。動詞のパラダイムが作れない。
グルジア語では、「行く」「食べる」という動詞は、15,00通りぐらい変化する。グルジア語の仲間のアディゲー語では、一つの動詞が20億通りぐらい変化する。なぜそうなったのか。現在唱えられている仮説によれば、かつて原人類のようなものがいて、彼らはバスク地方やコーカサス地方の山中に追われていった。そこに閉じこもって独自の暮らしを続けた。ために、かつての言語体系を残している・・・・ということだ。
ヴィトゲンシュタインいわく、言語の相違は思想の相違につながる。15,00通りぐらい動詞が変化する人々の感覚は、そうでない我々の感覚と絶対に違うはずだ。
チェチェン語も、このカテゴリーの言語だ。だから、彼らの物事の受け止め方、発想は、たぶん違う。
では、グルジア人は何を自分たちのナショナル・アイデンティティにしているのか。領土的には、イラクリ3世がいまの版図に近いところまで拡大した。そのときのイメージで、辛うじて持っている。あとは、グルジア文字という独特な文字を含めて、やはり言語だろう。
普通に農業をやれている分には、民族などについて余り考えないですむ。自分たちの村がうまくいっていればいい、という発想だ。ただし、そこへ遅れてきた民族主義を植えつけようとする人たちが、時々出てくる。その一人がいまのサアカシビリ大統領だ。グルジアの土地は純粋にグルジア人だけで統治するべきだ、他の連中から参政権も経済的な利権も全部奪ってよい・・・・これがサアカシビリの基本的な発想だ。この発想は、シュワルナゼの前のガムサフルディアと一緒だ。
(2)言語の統一は思想の共通化へ【宮崎正弘】
中国の言語空間は、中国語だけでも4つの巨大な体系がある。北京語、福建語、上海語、広東語だ。それぞれ地方の方言がある。テレビが普及するまで、中国人同士、出身地が違うと会話が成立しなかった。ましてや、漢族以外の民族の言葉は、漢族にわかるはずはない。ウィグル語はトルコ系だ。チベット語の源流は梵語。モンゴル語も漢語とはまったく体系が異なる。文字は、モンゴルとチベットは酷似していて、アラブ文字とペルシア文字の差ぐらいしかない。
それを北京語で統一した。強引ともいえる漢族同化政策だ。教育現場を漢族が独占して支配した。ラジオ、テレビを完全に管轄下に置いたからなし得た。
湖南省北部にトン族という独自の言葉をもつ少数民族は、若者は伝統的な自分たち部族の言葉が喋れない。08年に湖南省を一周したときのガイドは、トン族の若者で、完璧な北京語だった。村の長老しかトン族の言葉はわからなくなっている、と嘆いていた。
雲南省のトンパ族も、文字は観光資源の展示用のみ。いまでは、トンパ文字を読み解ける学者は、ロンドン大英博物館の研究員と日本のトンパ文字研究家のみだ。
満州人は、中国全土に1千万人分散しているが、満州語に至っては、旧満州ですら数十人も喋れない。
だから、ウィトゲンシュタインの言うように「言語の相違は思想の相違につながる」のであるとすれば、北京語による言語の統一は、中華思想の普遍化につながる。中国の狂信的中華思想の普遍化は、北京語の統一によって半ば成し遂げられたことになる。
□佐藤優『猛毒国家に囲まれた日本 ロシア・中国・北朝鮮 』(海竜社、2010)/共著:宮崎正弘
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【参考】
「【佐藤優】&宮崎正弘 猛毒国家、北朝鮮」
「【佐藤優】&宮崎正弘 猛毒国家、中国 ~中国の権力闘争と将来像~」