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ここでいう盲想は、妄想ではない。盲人の想念のことだ。
モハメドは、1978年、スーダンはハルツームに生まれた。生まれつきの弱視、12歳で失明。
19歳のときに来日。以来、福井県立盲学校にて点字および鍼灸を、筑波技術短期大学にて情報システムを、東京外国語大学にて日本語、日本文学、日本史を学んだ、東外大ではアフリカ地域研究をテーマに選び、研究者の道を歩む。31歳のとき、同郷のアワティフ(晴眼者)と結婚、二人して府中市に住む。東日本大震災直後の3月25日、疎開先(北九州市)の病院で第1子を得た。
ここまでの半自伝が、本書『わが盲想』の本文だ。
第1子出生から2年後、葉桜の季節に、著者は本書の「おわりに」において、たくさんの人々に謝辞を述べる。
事実、モハメドは数々の人々から支援を得た。支援は大きく分けて2つ。第一に視覚障害に関わる支援でああり、第二に日本語習得に関わる支援である。
その両方について、本書にていねいに綴られるのだが、モハメドにおいて特徴的なことは、いや、モハメドに限らず優れた人には常に見られることだが、支援を受けるという一方的な立場に止まらず、支援する側にも立ち位置を換える。
第一点の視覚障害に関してモハメドは、日本においては任意団体からNPO法人に発展した「スーダン障害者教育支援の会」に拠って活動した。祖国スーダンにおいては、その最古の高等教育機関、ハルツーム大学に視覚障害者パソコン支援室を立ち上げ、アラビア語の音声ソフトを搭載したパソコン5台を寄贈したり、視覚障害を有する大学生、卒業生へのパソコン・トレーニングも行った。学外でもモハメドが得意なブラインドサッカー講習会も開催し、普及に努めた。
こうしたセルフ・ヘルプ・グループの活動の意義をモハメドは簡潔に整理している。仕事(研究)からの逃避、人のためにやっているという思い込みが精神にもたらすバランス、職業(対価のある労働)を持たなくても得られる「肩書き」。
第二点の日本語に関しては、支援する立場というよりは日本語を駆使して新たな言語空間を創造すると言ったほうがよいかもしれない。駄洒落が分かりやすいからこれを例に引くが、とにかく見事なギャグを連発する。日本への留学を「トライ(渡来)」としたり、「スーダンはどんなところですか」の問いには「スーダンは日本より数段広くて、数段暑い国だ」と返事したり、福井での生活を「雪の上にも三年」と総括したり。
そして、1冊の本を送り出し、日本の文化を少し豊かにした。
その本(本書)は、容易に察せられるように、軽妙な文章のおかげで気軽に読めるし、楽しめる。語り口の妙味だ。
この軽さは、日本においては異邦人、つまり祖国が別にある人(いずれは去っていくであろう人) という立場に起因するのかもしれない。血縁、地縁が深まるほど、口も心も重くなるものだ。
文章は軽いが、文章が伝える内容はちっとも軽くはない。例えば、東外大に内地留学したとき、その寮から面倒な乗り換えにつぐ乗り換えで大学まで通うには、歩行訓練士による訓練を受けなければならなかった。
要するに、モハメドは来日して以来、二重のバリアに囲まれていた。視覚障害からくる壁と言語の壁だ。
本書では、流暢な日本語のせいで、モハメドはこれらのバリアを難なく乗り越えてきたかのように読めるが、むろん書かれていない事実のほうが多いだろう。
しかし、「言葉は社会的なものだ。真に個人的な経験は言葉によって伝えることはできない」とヴァレリーは言った。モハメドは、言葉で伝えることのできることを伝え、かつ、伝えることのできることだけを伝えるに止めているのである。
故郷スーダンについて語るとき、内戦で友人・知人を20人以上失った、とさりげなく記すが、そこから出てくる思いは1行で済ませられるはずはない。視覚の壁、言語の壁についても然り。
日本語を母語とし、かつ青眼の読者は、モハメドが語らなかったことをも汲みとらなければなるまい。
□モハメド・オマル・アブディン『わが盲想』(ポプラ社、2013.5)
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